第13話 決闘(1)
進むにつれて圧は高まっていく。
血に浮かぶ何人もの屍を横切っていく。
魔女を探す手間はかからなかった。これらの血の川と死体がまるで道案内をするかのようにずっと続いていたからだ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
それだけ自分の力に自信を持っている。そして、国を、民を守るという使命感。
自分が負ければ後がない。そのプレッシャーがさらに彼を強くしている。
やがて、敵の気配が最も大きく感じる場所に辿り着いた。
それは謁見の間だった。
扉は破壊されており、真っ暗ながらも目の先には文官の格好をした数人もの男たちが血の池を作って倒れている。
考える必要も、調べる必要もない。
ここまでの道で転がっていた者と同様、既に死んでいる。
そのとき、壁に掛かっているランタンが順に灯っていきやがて最奥を照らした。
この都市の悲劇の元凶は最奥の数段の段差の上にある椅子に座っていた。
遠目であるため良くは見えないが美女であることには間違いない。
宝石のように淡く金色に光る整えられた長髪を左肩に流しており、乳白色の透き通った艶めかしい肌。そして、胸を強調する艶やかな漆黒のドレスに身を纏っている。
皮肉なことにフェルフリードの元許嫁と同じ髪色。
「ようやく、来ましたか。待ちくたびれましたわ」
目を瞑っていた女性はゆっくりと瞼を持ち上げる。
その瞳にフェルフリードは彼女の顔立ちなんてどうでもいい程の強烈な印象を覚えた。
まるで深淵を覗いているかのような真っ黒な瞳。
闇そのものであるかのような底知れない不気味さがあった。
「私はヘリベール王国第三王子フェルフリード・ヘリベール‼ 憎悪の魔女‼ 国の平穏のため貴様を滅ぼしにきた‼」
呑み込まれるわけにはいかない。
フェルフリードは大声で名乗りつつ自分を鼓舞する。
「威勢のいいこと。……私のことはもう知っての通りです。短い間でしょうがよろしくお願いいたしますわ」
フェルフリードは腰に携えている宝剣を鞘から抜いた。
王国に国宝である四本の宝剣のうちの一振り。宝剣には人智を超える力が秘められている。
王国最強の騎士団を率いるフェルフリードにはその一本が与えられていた。
「それは……いえ、まず小手調べと参りましょうか」
すると、アグロボロネアは鋭い目付きでフェルフリードを睨んだ。
その瞬間、フェルフリードに凍てつくような寒気と不安、恐怖と言った様々な負の感情が流れてきた。
「がっ……」
喉の奥からは血の風味が漂い始める。
このままだと、待っているのは謁見の間までの道で事切れていた者たちの姿だ。
「うおおおおおおおおおおお‼」
気合いでその自身を呑み込もうとしていた負の感情を吹き飛ばした。
これにはアグロボロネアも驚いたように笑みを浮かべている。
「まさか、真っ向から撥ねのけるとは……勝てそうにありませんわね」
しかし、そんなアグロボロネアの言葉の中には焦りが含まれていなかった。それどころか彼女は大きく歪んだ笑みを見せる。
「それが永遠に続けばの話ですが」
確かに、言葉を交しながら隙を探しているこの間にも彼女の威圧がフェルフリードの精神を疲弊させ続けている。
単純な威圧なら耐えることは容易い。
しかし、憎悪の魔女と呼ばれる彼女の威圧は普通と違っていた。
まるで、全方位が太刀打ちできない無数の敵に囲まれているかのような逃げ場のない恐怖を感じたのだ。
睨まれ続けるほど、その敵がどんどん大きくなっていくように感じる。
身体がそれには敵わないと強く訴えかけて手足が震え出すがフェルフリードは踏ん張る。
「うおおおおおおおおおお‼」
今度は大声と同時に地面を大きく蹴った。
我武者羅にアグロボロネアに向かって一直線に突き進む。
そして、宝剣を振り下ろした。
フェルフリードは知っている。
憎悪の魔女の恐るべき点は災害と称される“憎悪”をバラ撒き人々を死に誘う恐ろしい術を使う。そして、倒したとしても数年後にはどこかで復活する不滅性。
だが、恐るべき点はそれだけで身体能力は一般並だ。
つまり、距離さえ詰めることができれば恐れる相手ではない。
だが、アグロボロネアは軽く腕を引いて向かってくるフェルフリード目掛けてその拳を振り抜いた。
フェルフリードが振り下ろした剣よりも速く振り抜かれたその拳は見事に腹部に命中した。
「がっ……」
気が付いた時には謁見の間の入り口近くの壁に激突していた。
フェルフリードはもたれ掛かるように壁の瓦礫に倒れている身体を起き上がらせる。
口が切れたのか口内には血の味が広がっている。
鳩尾部分を確かめてみると、鎧が拳の跡でへこんでいた。
「……動揺して忘れていた。あの門を破ったのはこいつだった」
王国最強と謳われるフェルフリードの速度を見切り、鎧をへこませるほどの威力の拳。どこが身体能力は人並みだ。
身体中に鈍い痛みが広がっていく。
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