第14話 決闘(2)

「ハ、ハハハ……」

 

 自分の浅い考えに短絡的な行動。

 思い返せばこの魔女を前にしてから自分を見失っていた。

 

 その事実でむしろ笑いが込み上げてくる。

 

 アグロボロネアも自身の拳を見て、惚れ惚れとしていた。


「ウフフフフフフ、素晴らしいですわ。王族をこの手で圧倒できる日が来るなんて。……いえ、勘違いしないでください。誇っていいのですよ。こうして私に直接立ち向かう王族はあなたが初めてですもの」

 

 こう話している間にも魔女の憎悪はフェルフリードを蝕んでくる。


「チッ、邪魔だな」

 

 フェルフリードは鎧を脱ぎ捨て、下に着ていた黒生地の衣服が露わになる。速度で負けている中で重い鎧を身につけ続けるのは無意味だと判断したのだ。

 

 そもそも、鎧よりも頑丈な拳を持つ時点で意味をなさないことから鎧はただの重りでしかない。

 

 立ち上がったフェルフリードは言葉を交さずに再び走り出す。

 

 その際に身体に残る鈍い痛みに思わず顔を顰めそうになるが食いしばる。

 

 自分の負傷は相手に気取られないようにしなければ相手を増長させることを身に染みて知っているからだ。

 できれば相手の動揺を誘う狙いもあるのだが。


「ウフフフフ、お遊びはここまでです。あなたを殺すことでこの国の破滅の序章としましょう」

 

 動揺は全くないどころか、気にしてすらいないようだ。笑っているが彼女の敵意は凄まじい。

 

 国というよりは王族に対する憎しみが凄まじい。


 王子としての責務がなければ決して戦いたくはない、前に立つことすらしたくない相手だ。

 

 憎悪の魔女、その本質は一体何なのか。

 

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 一瞬にしてアグロボロネアの目の前に到達したフェルフリードは剣を全力で振り下ろした。しかし、彼女はその剣の刀身に拳をぶつけて弾いた。それに僅かに動揺してしまうもすぐにしまい込む。

 

 本気を出している自分の速度を見極められている。

 

 しかし、一撃をもらったときから彼女のスピードは知っている。何もおかしいことではない。

 

 それから、拳と剣の打ち合いの膠着状態がしばらく続いた。

 

 フェルフリードの一振りと魔女の拳が衝突した。

 そこで、彼女の拳から血が流れる。


「大した剣です。私を切り裂くとは……」

 

 しかし、そんなことで止まる魔女ではない。

 負けじと拳でなく蹴りも放ってきた。


「がっ‼」

 

 直撃はしなかった。

 避けることは不可能であったが、それでも左腕でブロックする。

 

 だが、防いだはずの左腕から鈍い音ともに激痛が広がったのだ。


「うおおおおお‼」

 

 フェルフリードは苦し紛れに剣を大きく縦に振り下ろす。

 

 意図していない攻撃だったがそれはアグロボロネアの右肩に直撃した。


「くっ……」

 

 彼女が苦痛に顔が歪んでいるその隙にフェルフリードは後ろに下がった。


「左腕は……っ‼」

 

 動かそうとするも激痛で止めざるを得ない。

 罅、最悪折れているだろう。

 

 「ハハッ……これは敵わないな」

 

 体力は疲弊し、口元からは血が零れ始めてきた。

 口が切れたのではない、喉奥からむせ返るように血が飛びだしてくる。

 

 ついに魔女の力の影響が出始めたのだ。

 

 こうなると待っている未来は一つ。血の池に沈む自分の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 さらには今受けたばかりの左腕の状態。万全の状態でも殆ど互角の状態だった。現状では殆ど勝ち目がないことは明らかだ。

 

 だが、アグロボロネアもただでは済んでいなかった。


「ウフフフフ、まさかこの身体に傷を付けるなんて。やはり、いきなり王都に攻め込まないで正解でした」

 

 アグロボロネアの右肩が深く抉れており、ドクドクと血が溢れていた。

 

 赤い血が肩から腕に、そして手を伝って地面に滴っている。

 

 だが、依然として余裕な態度は変わらない。


「まだだ……まだ……ッ!?」

 

 そのとき、立ち眩みで体勢が崩れそうにも何とか持ち堪える。

 激痛から視界も朧気になり彼女の顔もよく見えなくなってきた。


「次が最後か」

 

 フェルフリードは奥の手を使うことを決心する。


「宝剣ウンディーネ」

 

 その言葉にフェルフリードが握っている宝剣が反応し、その周囲に冷気が漂い始める。

 

 “凍結世界ニヴルヘイム


 この宝剣に宿る最高の力だ。

 

 魔女を溶けることのない氷の中に永久に封印する。封印であれば魔女が復活する懸念もなくなるからだ。

 

 これがフェルフリードの考えていた最善の策。

 

 しかし、魔女の反応速度からして避けられるだろう。だからこそ、全力で、逃げ場がないようにこの城全体を凍らせる。

 

 それがフェルフリード自身を含んでいるとしても。


「そうは上手くいかなかったか。もう、これしかない」

 

 それがフェルフリードの考えた最後の策。

 

 理想は魔女を戦闘不能まで追い込んでから封印だったが理想はあくまで理想。


「その剣……やはり宝剣。……いつまでも自分の物かのように‼ 使わせない‼」

 

 アグロボロネアの今まで維持してきた冷静をかなぐり捨てて声を荒げる。

 そして、彼女に似合わず必死の形相で迫ってきた。

 

 今、フェルフリードが何をしようとしているのかわかっているのか。

 

 焦りが見て取れた。


 フェルフリードの足下から凍結が広がり始める。


 迫り来るアグロボロネアだが、もう間に合わない。


 フェルフリードは最後にここまで追い詰めてきた怨敵の顔を睨み付けた。


「えっ……」

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