第12話 惨状

 日が落ちようとしている頃、ようやくフェルフリードは交易都市グロンドールに辿り着いた。

 

 直進して門を目指すが、その門は見事に破壊されていた。


「……っ!」

 

 目の先に転がっていた門の残骸に目を奪われてしまう。

 

 この壊れようから恐らく一発の攻撃でこのようになったことをフェルフリードは理解し、敵の実力をまだ下に見ていったことを反省した。


「魔女は目に見えない不思議な攻撃をすると聞いていたが……これは打撃によるもの」


 自分の知る話と違うことに戸惑っていたのも束の間、城門があった場所を潜った瞬間に思わず顔を顰めてしまう。


 生臭く鉄臭い、胃液が逆流してしまうほどの臭いが鼻を突き抜けた。


「……こ、これは」

 

 馬を走らせているところは文字通り血の池であった。そして、数十人程度ではない。数百人の死体がその中に浮かんでいる。

 

 全てが鎧を装着していることからそれが兵士であることはすぐにわかった。


「これを……魔女。一人で……」


 百聞は一見にしかず。伝え聞く話では実感はあまり湧かなかったが、いざ自分の目で見てみると魔女の脅威が嫌でもわかってしまう。


 まさに地獄のような光景だ。


 だが、フェルフリードはその光景の違和感にすぐに気が付いた。


「死体は兵士だけ?」

 

 慌てて周囲を探ると城下街の民家から気配を感じる。


「生きている?」

 

 この都市の状況からして全滅だと考えてしまっていた。


 フェルフリードは自分自身に恥じてしまう。


「いつの間にかあれだけ愚痴った親父や兄貴と同じ考えになっていた」

 

 フェルフリードは自分の顔を挟むように叩く。


「弱気になるな。自分を見失うな。……!?」

 

 フェルフリードはばっと首を向けた。

 

 その先は公爵の居城。

 

 そこから尋常ではないほどの殺気に近いどす黒い不気味な気配を感じた。離れているこの場からもその脅威が伝わってくる。

 

 だが、向かわないわけにはいかない。

 

 あそこに魔女がいる。


「城か……私に続け!」

 

 供である三人の騎士にそう指示する。本来ならば民の避難誘導には三人に向かわせるつもりだった。

 

 しかし、このような凄惨な光景を前にして魔女討伐の優先度が上がり、討伐の確実性を取ったのだ。

 

 避難誘導に回せても一人。誘導ができても雀の涙ほどでしかない。

 いや、そもそも三人回したとしても大して変わりはない。

 

 出発した時点から民たちを救う方法は魔女の討伐しかなかったのだ。


「……もっと兵がいれば」

 

 兵の損耗よりも一刻も早い魔女の討伐。

 

 少数精鋭、聞こえは良いがやはり何かを切り捨てるやり方には賛同できない。

 

 あれこれ考えるがフェルフリードは大きく首を振った。


「考えるのはやめだ。俺が勝てばいい話だ。礼儀が良いことに敵も待っていてくれているようだ」

 

 先程からひしひしと感じる不気味な圧は動く様子はない。それどころか、試しているかのように徐々に強まってきている。

 

 この不愉快な圧に晒され続けているストレスからか額に冷たい汗が滲み、フェルフリードは拭う。

 

 その間、彼が感じていたことは不安や恐怖ではなく苛立ちだった。

 

 煽りつつ着実に自分の体力を削ってきている。

 

 携えている剣の柄を強く握る。


「必ずぶった斬ってやる」

 

 だが、フェルフリードのような豪胆さを供である兵たちには持ち合わせていなかった。


 そして、馬を下りて城中に入ったとき状況は急変する。


「がっ……‼」


 騎士の一人が突然悶え苦しみだした。


「どうした!?」

「ゴボッ‼ ガハッ……ダズゲ……」


 フェルフリードは駆け寄ろうとするが、目や鼻や口など身体の全て思える穴から血が濁流のように零れ始めた。

 

 一瞬でその騎士を真っ赤が包み込んでしまったのだ。


 瞬きをする暇もなくその騎士はその場に倒れてしまった。


「こ、これが魔女の……」

 

 呆然としていたフェルフリード気を取り直して駆け寄るも騎士は既に事切れていた。


「まさか……兄貴の精鋭がこうもあっさりと……お前たち! 気をしっかりと持て‼」

 

 魔女の対策は言うは簡単で行うは難しい。

 それは気をしっかりと保つこと。

 

 不安、恐怖と言った負の感情を持ってはならない。持ってしまえば最悪、この騎士の二の舞となってしまうだろう。


 恐怖に負けた者の末路。


 昔からのこの人智を超えた力に王国は苦汁を嘗めてきた。


「……っ‼」


 しかし、遅かった。


 一人は既に口の端から血が垂れていた。

 

 最後の一人は、他の兵士とは違いまだ余裕はあるらしく威風堂々とした佇まいだ。


 流石は第二王子デリーヒビの直属の筆頭騎士であるユナイロ。

 

 白い金属の光沢を放つ傷一つ無い鎧にはつり合わない地味な茶色の鞘の剣を腰に携えている。茶髪の短髪に細目で強面の男だ。


 しかしながら、彼も痛みで何とか耐えている状況らしく唇を噛み血が伝っている。

 

 フェルフリードは悟り覚悟を決めた。

 

 デリーヒビの筆頭騎士でさえも耐えるのでやっと。

 

 こんな状態で魔女の前に立てばどうなるか、想像に難くない。

 つまり、魔女を倒せる者は王国最強の自分しかいない。

 

 フェルフリードは覚悟を決める。


「お前たち、城下街に戻りできるだけ多くの民を避難させろ」

 

 フェルフリードはそう指示を飛ばす。


「で、ですが……」

 

 血を拭った騎士が言い淀む。


「そんな状態で何ができる‼ 今、魔女を倒せるのは私だけだ。これは命令だ。いいな‼ 民の誘導を終えるまで追いかけては来るな‼」

「御意」

 

 ユナイロは何も反論せずに頭を下げて従った。

 筆頭騎士の態度を見てもう一人の騎士も引き下がる。


「……民たちを頼む」


 フェルフリードはそう言い残し、二人を背に進んでいく。

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