第11話 第三王子の苦悩

 空気を含んだかのように軽やかな白い髪の前髪を上げている青年が馬を走らせていた。

 

 身に付けている鎧には王国騎士団の紋章が刻まれている。

 

 彼こそフェルフリード・ヘリベール。ヘリベール王国第三王子かつ王国騎士団の団長だ。

 

 その後ろには三人の供を引き連れている。


「親父と兄貴は一体何を考えているんだ」

 

 ここでの親父と兄貴は実父である現王ウォルフガーグと第二王子デリーヒビのことを指している。

 

 相手は憎悪の魔女アグロボロネア。王家の最大の敵だということは幼い頃から教えられてきた。

 

 討伐した過去は何度もあるが、それでも数年後には復活する不滅の存在との話だ。

 それも姿が全くの別人となって。立ちはだかるまでは誰が魔女かは分からない。いつどこで誰が起こすのか全く見当がつかない。


 まさに災害。

 

 討伐した過去があると言ったがもちろん簡単に討伐できたわけではない。多大な犠牲を払っての辛勝だ。

 

 現に過去には数千の大軍で討伐はできたが、生き残りが皆無であったという記録もある。

 

 それらの記録からあの魔女の力に対して数は大きな犠牲を生んでしまう危険性をはらんでいることは明らかだ。


 フェルフリードもそれはわかっている。

 かなりの強者でなければ最悪相対する前に死んでしまうことも。


 無意味とまではいかないが悪戯に兵を失うだけだ。

 

 では、なぜこんな小数の部隊で向かわせることにフェルフリードは不思議で堪らなく思っているのか。


「せめて、兄貴に相談できれば……」

 

 今言った兄とはフェルフリードが尊敬している第一王子であるユリウス・ヘリベールのことである。

 

 叔父であるアヴレイ・グロンドール公爵から遣わされた伝令の報告で憎悪の魔女が復活し攻撃を受けていることがわかったとき、ユリウスは王都を離れていた。

 

 ユリウスならばもっと最適な編成を進言していたに違いないとフェルフリードは確信している。

 

 少数とはいえ戦力に関しては及第点と言える。引き連れているのが第二王子の直属の精鋭だからだ。

 

 本来ならば自身の率いる騎士団を連れてきたかったのだが、そこまでの贅沢は言えない。

 

 だが、そんなことは問題ではない。


 本当の問題は未だに逃げ出せずにいる民のことだ。


 現王と第二王子は明らかにそれを考えていない。


 元々の救援願いは民たちの救助だった。たかだか四人でどう助けろというのか。

 

 あの交易都市の人口は王都に匹敵するほどだ。

 

 王たちは憎悪の魔女のことしか考えていない。


 そして、ユリウス不在の議場では現王と第二王子の部隊編成に異論がでないまま進み、準備時間もろくにないまま出撃となった。

 

 今の王と第二王子の周りには肯定する者しかいない。

 

 もちろん、フェルフリードは進言したが発言権が低い彼の言葉は届くはずがなかった。


「だから、救援部隊ではなく討伐部隊。兄貴がいれば……」

 

 フェルフリードは舌打ちする。


「あーー‼ 何でこうも大事が連続するんだ‼」

 

 二年前程にフェルフリードは五つ年の離れた許嫁を不慮の事故で亡くしている。

 

 実際に側にいたでもなく死体を見たわけでもないがヴィアモンテ家からそう連絡があった。

 

 そして、ヴィアモンテ家から新たな許嫁を提案されたのだ。

 

 エミザ・ヴィアモンテ。彼女との縁談は凄まじいスピードで進んでいる。まるで、こうなることがわかっていたかのように。


「彼女はまだ何かを隠している」

 

 出会った当初から胡散臭かったエミザにフェルフリードはいくつか質問したところ、彼女は口を滑らせた。

 

 わかったことは、長兄も行方不明で元許嫁は崖から落ちて安否不明ということだ。

 

 崖から落ちた……その点に関しては嘘はついていないだろう。誰がしたかはあの目の泳ぎ具合から明らかだったが。

 

 その場で剣を抜いても良かったが王子という立場がそれを許してくれない。

 

 確かに崖から落ちたのであれば助かる見込みは殆どない。不慮の事故で死んだという報告は客観的には理解できる。

 

 だが、フェルフリードは諦めきれなかった。

 

 それほど、まだ一度しか会ったことのない元許嫁が彼にとってはそれほど大事だったのだ。

 

 元許嫁と初めて出会ったときに彼は救われた。


 第三王子で重臣や侍女たちからも問題児として扱われ荒んでいたころに一筋の光を指してくれた彼女に。

 

 あの笑顔を守るはずだった。


「俺は彼女と今は亡き彼女のお母上と約束した。必ず守ると……それがこのように」


 一縷の望みにかけて助け出す。


 ……死んでいたとしても必ずその亡骸を見つけてみせる。そして、お母上の下に返さなければならない。それがせめてもの罪滅ぼしだとフェルフリードは訃報の知らせを聞いた日にその身に刻んだ。

 

 あと、なぜこのようなことが起こったのかも調査を行わなければならないと考えていた。元許嫁と同時期に長兄も行方不明はきな臭すぎるからだ。

 

 しかし、ヴィアモンテ公爵家、王家の遠い親戚であり現王の信任が厚い。


 そのため、第三王子であるフェルフリードであっても下手に手出しはできない。


 そんな矢先にこの大事だ。

 

 何でこんなときに……とフェルフリードは少し苛立っている。

 

 だが、一つ溜め息をつき目を瞑る。


「よく考えろ。二年だ。もう生きている可能性は皆無だ。希望的観測はやめろ」


 極めて小さい声でそう自分に言い聞かせる。


「俺は王家の一人。民を救い、国を揺るがす怨敵を滅ぼすのが最優先。全ての不満は呑み込め……覚悟を決めろ」


 ゆっくりと開いたその彼の眼は鋭く尖っていた。

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