第10話 虐殺(2)

 アグロボロネアは事切れた大男に目を向けることなく再び歩き始める。

 

 あの大男が最大戦力だというのは正解だったようで、あれ以上の強者は現われなかった。

 

 そして、謁見の間の扉前に辿り着いた。

 

 一息もつかずにバンッと扉を開け放つ。

 

 謁見の間は縦に長く、幅も負けてはおらず何十人が並べる程に広い。

 

 扉から続く赤い絨毯に目を伸ばしていくと、その先には領主、すなわち公爵が座る上座があると思う。思うと曖昧なのはその前には人が集まっていたからだ。

 

 そして、その全員はアグロボロネアが開け放った扉の音で振り向いていた。

 

 騒ぎで慌てて集まった公爵の重臣たち。服装が乱れている者ばかりだ。

 

 その全員がこちらを怯えた目付きで見ている。


「ま、まさか戦士長が!? がっ……ゴホ! い、いやだ、た、たすけ……」

 

 言葉を発した一人が血を吐いて倒れてしまった。

 

 それが発端となり不安や恐怖による混乱が生じ、一人、また一人とどんどん倒れていく。

 

 アグロボロネアはそんな連中には目を向けず、倒れた者たちによってようやく見通しが良くなった上座に座る人物に目を向けた。

 

 そして、優雅にコツコツと足音を鳴らしながら近づいていく。

 

 その人物は威厳を保ちながら座り続けている。

 

 それに比べ重臣たちは主を置いて逃げ出す者が後を絶たない。


 だが、その全員が途中で倒れて死んでいく。勝手に自分で死んでくれる。

 だから、彼女は目さえも向けない。

 

 少しの段差の先に上座に座る老人を見上げてアグロボロネアは口を開く。


「あなたがこの地を治める公爵様ですか」

「……いかにも、アヴレイ・グロンドールである」


 掠れた声でアグロボロネアの言葉を肯定しそう名乗った。

 

 傍から見ればただの白髪の長く白い髭を携えた老人。


 その口からは血が垂れており、真っ白な髭を生々しく濡らしている。


 ただ、先程の重臣たちのような無様は晒してはいない。


「私にとって優先事項は王家の滅亡です。よって縁者のあなたも死んでいただきます」

「……ああ」

 

 案外、あっさりと頷くアヴレイにアグロボロネアは拍子抜けする。


「一つ頼みがある。これ以上、民たちに危害を加えるのはやめてくれんか」

「それは致しかねますわ。私は“憎悪”、王家の滅亡、国を滅ぼす存在。民は国の一部ですから。……ですが、あなたは運が良い。先程、伝令を送りましたね。恐らくは王家に。しばらくは待っていてあげましょう」

 

 伝令からの報告を受けた王家は恐らくは討伐部隊を編成してこの都市に送り込んでくるだろう。

 

 王家としてもアグロボロネアは無視できない存在。そのため、その隊長は王家の者だと容易に推測できる。


 彼女といえども王都の全戦力を相手にするのには不安が残る。


 そんな大戦力をわざわざ削ってまでして向かってきてくれるなんて彼女としても願ってもないこと。


 その部隊を撃破できれば王都を滅ぼすことも容易となるだろう。


 この都市の民は王家をつり出すための餌。


 無人となり滅んだ都市は討伐部隊も見限り撤退してしまうだろう。

 

 あの伝令を見逃したときから、この都市の民たちにはこれ以上手を出さないつもりでいた。


「……感謝する」

 

 そう言ってアヴレイは椅子にもたれ掛かった。


「いずれ、このようなときが来ると思っていました」

 

 口調が変わり、アグロボロネアに向けて血を吐きながら言葉を続ける。


「それだけのことを王家はあなた様に……。フィリリオーネ様……がっ‼」

 

 アグロボロネアは喋り続けるアヴレイの首を掴む。


「黙りなさい。何を勝手に……黙れ黙れダマレ……なぜ勝手に悟りを開く。全て分かったかのように‼ お前たちが‼ 何をしたか‼」

 

 己の内に煮えたぎり噴き出す寸前の怒りを何とか抑え込む。


「はぁはぁ……私は止まりません。止まることはできないのです‼」

「きの、すむまで……」

「減らず口を‼」


 振り上げた拳を突きだそうとするがその手をすぐに止める。


「…………くっ」

 

 既にアヴレイは事切れていた。

 

 振り上げやり場のなくなった拳はしばらく震えたままだった。しかし、一息ついて諦めたように腕を下ろす。


「言うだけ言って逃げるなんて、卑怯ですわね」

 

 指をパチンと鳴らすと死体となった公爵の身体は燃えて灰となった。


「……この身体であれば憎悪だけでなく少しの魔法も使えるようですね」

 

 灰を見届けて後、アヴレイの重臣だった者たちの死骸に目を向ける。それらは地面に倒れたままだ。


「主を置いて逃げようとする者共はそのまま朽ちていく様を晒し続けるがいい」

 

 死体になった者を傷付ける趣味はアグロボロネアには持ち合わせていない。燃やしたのも彼女なりの埋葬方法なのだろう。


「……さて、王家はどれ程の兵で攻めてくるかしら」

 

 討伐に来るなら迎え撃ち滅ぼすのみ。来なければ、王家の求心力が地に落ちたのは明らか。


「今の私に敵はいない」

 

 このまま王都に攻め上って滅ぼす自信は彼女にはある。それでも待つ理由は多少の不安から来るものなのか。

 

 そもそも、都市の民たちを皆殺しにしないことにも理由は曖昧だ。

 

 アグロボロネアは別に民たちの動きを規制しているわけではない。

 逃げようと思えば逃げることができるのだ。

 

 敵には知る由があるかわからないが、つまり、民たちは人質にはなっていない。


 憎悪たるアグロボロネアであれば何も考えずに憎悪のままに皆殺しにしている。この自己矛盾、自身の変化に彼女はまだ気付いてはいない。

 

 アグロボロネアは先程まで公爵が座っていた椅子に座り、足を組んで目を瞑る。

 

 嵐の前の静けさが城内を包み込んだ。

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