第42話 文化祭って何やるか決める時が一番盛り上がる気がする

 9月も終盤に入る頃、俺たちのクラスは異様な雰囲気に包まれていた。その理由は黒板に書いてある文字を見れば一目瞭然である。


「じゃあ文化祭で何やるか決めるぞ〜」


 文化祭の出し物、それは高校生活において通常の場合三回しか体験できない祭りを全力で楽しむためにとても重要なもの。俺は去年の文化祭で苦い思いをしたからあまり乗り気になれていないが、他のみんなは燃え滾っている。

 そして新谷先生が何をするかをみんなに聞き出したところ、ほぼ全員が手を挙げた。キリがないので取り敢えず先生が独断と偏見で決めた面子が案を出すことに。


「じゃあ早乙女」

「あたしはお化け屋敷〜! やっぱベターじゃん? 楽しそうだしやってみたーい!」


 トップバッターは早乙女。お化け屋敷なら確かに暗めな俺でもお化け役で活躍できそうだなとふと思う。しかしお化け屋敷をやる上のデメリットは、まずお化け屋敷をやる権利を得るためのじゃんけんが必要ということだ。毎年毎年お化け屋敷をやりたがるクラスが数クラスあるため、公平な審査をするためにじゃんけんでお化け屋敷の運営権利を得るのだ。


「それはめんどくさいよな〜」

「お化け屋敷って、正味毎年どこかしらがやるから変わったやつやりてーよー」


 クラスの男子がそう言うと、それに同調するように過半数がうんうんと頷いた。隣で爆睡中の親友はさておいて、俺もそれには賛成だ。早乙女はそっかぁ……と少し残念そうにしながらも引いてくれた。


「んじゃあ白石」

「あ、ごめんなさい先生私もお化け屋敷でした……」

「……華奈もかよ」


 華奈も早乙女と同じくお化け屋敷を想定していたようだ。しかし過半数が別のことがいいと結論つけてしまったので簡単に引いてしまった。少数が落胆のため息を先程発言した男子二人に浴びせる。


「それじゃあ葛葉」

「私はね〜女装メイド喫茶か執事喫茶がいいんだよね」

「え、透あれ冗談じゃないん?」

「私は冗談言わないよ」


 葛葉があっけらかんとさも当たり前と言いたげな感じでそう言った為に、クラスは大混乱である。早乙女と華奈はそれを事前に聞いていたようだが、冗談と思っていたらしい。確かに葛葉は割と冗談混じりなことを言うが、にしても冗談で済ませて欲しかった事を言ったなと頭を抱える。

 女装メイド喫茶か執事喫茶という選択したくもない二択を迫られている。これの一番厄介な点は、女子は誰も被害を被らないというところにある。なにせ男子のみに矛先を向けた二択なので、女子はみんな安全圏内だ。


「ちょいちょい! 成宮がいるからってそれはないだろ!」

「成宮が執事かメイド服着るのはわかるけど、俺らはダメだろ!」

「俺らが着る需要どこだよ!」

「え? 私が笑えるからだよ」


 思い切りゲス顔のニヤケ面で俺たち男子を見てくる葛葉がひたすらに悪魔に見える。蓮はまだいい。どっちも着こなすだろうし、何も文句を言わないだろうから。ただ問題はその他の有象無象だ。俺含めて全員死が待っている喫茶店なんて誰がやりたがるのか。


「いやいや天っちは別っしょ」

「は?」

「まぁねぇ。天崎くんも成宮くんと同じでどっち着ても似合うだろうし」


 女子たちが円形になってこしょこしょと話し始めた。なにやら不穏な言葉が聞こえたが、幻聴と思うことにした。そうしないと精神がもたない。


「天崎くんって体育祭の時顔見たけど凄いよね」

「うんうん……成宮くんの爽やかイケメン感とは違ってなんか、バチイケな感じ?」

「そうそれ! 系統違うのにどっちもイケメンなの凄くない?」

「でも普段前髪長くて見えないの勿体無いよね」


 俺はどういう感情であの会話を聞いていればいいのだろうかと微妙な表情を浮かべる。嫌なのが俺と蓮以外の男子の話題がまるで出ないことで、他の男子達からの俺と蓮への痛々しい視線が突き刺さってくる。


「何言ってんのさみんな! 天っちはギャップ萌えってやつだよ!」

「そうそう。普段は暗めで顔もよく見えない男子が実は優しくて顔を見せたらとんでもイケメンでした〜っていうテンプレだよ」

(いらん補足をするなアホ一号とアホ二号)


 アホ一号こと早乙女とアホ二号こと葛葉が、円形の中心でみんなに補足を加える。蓮に対しては何も補足しないのに俺に対してはやけにシュバっていやがるなと少し苛立つ。ふと円形から目を離してその円形を外側から見守っていた華奈と目が合った。


「……」

「バレちゃったなぁ……悠真がカッコいいの……」


 名残惜しそうにボソッとそう呟いた華奈。声は多分聞こえないくらいの小ささだったが、俺の耳にだけは確かに聞こえた。まるで自分だけが知っていて、自分だけそう思っていたかったとでも言いたげな声のトーンであった。俺は予期せぬところからいきなりパンチを喰らった気分で、一気に熱が籠った感覚がして思わず額を抑えた。今はもうあの円形で行われている会議が早く終わってくれる事を切に願うしか無かった。

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