第41話 兄貴が俺と元カノを気にかける理由

 兄貴が注文した『いつもの』は、エスプレッソであった。なんとも小洒落たものを頼むものだと本当にいつもそんなのを飲んでいるのかと疑いの目を向けながらミックスジュースをストロー経由で口に運ぶ。この間の逆見本詐欺のカフェよりも当たり前だが量は少ない。しかしその代わりにとても質が高くて、フルーツ感をしっかり感じることができた。

 兄貴がエスプレッソを一口飲んだ後、俺の顔を少し眺めてから一言質問してきた。


「なあ悠真。俺がなんで華奈の事をずっと気にするか知ってるか?」

「知るわけ無いだろそんな事」


 確かに兄貴はずっと華奈の事を気にしていた。晩飯の時話していても大体一回は『華奈とはどうだ』と聞いてくる。その理由を俺は勝手に、兄貴には恋人が出来ないから俺に期待していると解釈して適当に交わしていた。

 しかし今兄貴は瑠衣と恋人になっている。なのに未だ華奈の事を何回も聞いてくるのは明らかにおかしい。どういう理由なのだろうかと少し思考するが、いうも割りかしボーっとしていてマイペースな兄貴のことだしそこまで大層な理由は無いだろうと勝手に納得した。


「理由はまぁ……無いっちゃ無い」

「やっぱりかよ」

「でもあるっちゃある」


 はっきりしない問いにまた首を傾げる。兄貴はエスプレッソをまた一口飲んだ後に、少し息を吐いてから遠くを見つめ始めた。


「なんだかな……あんなに楽しそうに華奈のこと話してた悠真がさっぱり話さなくなったのが悲しくてさ。それで俺から振るようになったんだよ」

「……しょぼく無いか理由」

「しょぼいか? どう思う蓮」

「僕は別に〜。兄弟の話に首を突っ込む趣味はないので静観します」


 蓮がニコニコ笑いながらそう言って華麗に被弾を避けた。呑気にコーヒーを飲みながら俺たちの会話を眺めている姿に、少し腹が立つ。右横にいる親友に睨みを利かせつつ、左横の兄貴の方に視線を戻す。


「んまぁ理由がしょぼくても、俺は悠真があんなに楽しそうに他人のこと話すのあんま見たことなかったからさ。密かにめちゃくちゃ嬉しかったんだよ」

「そんなにかよ。まぁ友達も少なかったしな」

「そうそう。俺の方が少ないけど」

「兄貴は変人過ぎる。瑠衣に冷められないかいつも心配だ」


 そう言った瞬間、真面目ながら若干ふわっとしていた兄貴の空気が一気に締まった。顔を見てみるとさっきまでとは一旦真っ青になりながら俺の方を心配そうに見ていた。


「さ、冷められ……るか……? やっぱ冬に冷やし中華食うやつはダメか……?」

「いやでも瑠衣は兄貴のこと大好きだし、そんなに心配しなくてもいいんじゃね……? つかそんな反応されると思ってなかったわ」

「するわ! 瑠衣に冷められたらもう……!」


 兄貴が今まで見たことないくらい青くなりながら必死な表情で訴えかけてくる。こんなに入れ込んでいると思っておらず若干苦笑いが浮かぶ。

 兄貴は人を好むとかなり入れ込む性格なのは知っていたが、それでも自分で入れ込み具合をセーブできる人なのでそこまでいつも心配していなかった。一度美人局に引っかかりそうになった時に本気で止めたくらいだ。

 でも瑠衣には完全にセーブせず入れ込んでいるということは、そこまで兄貴が心を開いてかつ心の底から好きになったということだ。

 いいな、と思ってしまった。


「話の腰を折ってまで俺を不安にしたいのか弟よ」

「すまん。続けてくれ兄貴」


 俺の肩をガッと掴んでまるで殺すぞと言いたげな表情で俺を見つめてくる兄貴に、話の続きを促す。


「まぁ……要するに、友達も少なかったお前に恋人が出来てその人のことを話してくれていたのに、そんな人と別れたのが不可解だったんだよ。だから色々書きたいと思って話を振ってた」

「なるほどな……兄貴にはやっぱ話さずともバレてたか」

「何年一緒にいると思ってる。お前が生まれた時からずっと面倒見てるんだぞ」


 兄貴はやはり凄い。物語を書いてあるだけあって人の心情を読み取るのが人一倍上手いような気がする。確かに俺は嫌いになったから別れたわけではなかったし、むしろずっと好きなのを蓋していただけだった。それを見抜かれないように必死になっていただけなのだが、兄貴にはお見通しだったらしい。


「で、俺の予想と違ったら大間抜けだから一応聞くけど。華奈のことはまだ好きなのか?」

「ああ。好きだよ」


 隠す気ももう無い。届きこそしなかったが、一度は華奈に対して言えた言葉。いない時にならば余裕な心持ちで言葉にできる。蓮は少し驚いたような表情をしていたが、兄貴は逆に少し安堵したような表情だった。


「……頑張れよ。お前なら大丈夫だ」

「何をだよ……あんがと兄貴」


 それは、不器用なところもある兄貴なりの最大限配慮したエールだった。それを理解していた俺は深くはその言葉に言及しなかった。頭に乗せられた掌から伝わる体温だけで、兄貴が本当に言いたい事は伝わってきていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る