第38話 サッカーをやろう

 朝からどっと疲れたなと放課後だが教室でぼーっとしている。授業も聞き流す程度でほとんど耳に入っていない。あの後取り残された早乙女が何をしていたのかなんて知りもしないが、華奈と距離感がいつもより空いているのがなによりの証拠だろう。早乙女は徹底的に戦う予定で、それを崩さない姿勢を見せている。華奈も気にしていない様に見せているが、恐らく内心結構頭に来ているだろう。あんなことを言われては当然といえば当然だが。そして状況的にその二人の間に立たされている俺はしっかり気まずいのだ。


「はぁ……」

「悠真〜」

「なんだ蓮……」


 隣の席からいつものテンションで声をかけてくる蓮。事情はこいつのことだし察していそうで、少し同情気味の表情をしていた。


「悠真って結局ところ華奈が好きなの? それとも星來なの?」

「お前なら分かってるだろ」

「そーだけど本人から確認を得たいよね〜」


 頬杖をつきながらほくそ笑みつつ俺の心理を解きほぐそうとしてくる蓮に、相変わらずだなと苦笑を浮かべつつも、俺は蓮はだけ聞こえる程度の声で本心を簡潔にぶっきらぼうに話した。


「まぁ……華奈が好きだ」

「でも復縁する気は無いと」

「だって俺があいつに見合ってないって自分で判断してフッたんだぞ? 今更復縁してくれなんて虫が良すぎるし、そもそも昔の俺ならまだしも今の俺じゃ見合わないって考えはまだ変わってねえよ」


 そう伝えると蓮は少し手を顎に置いて考える素振りを見せた後、気怠げな感じを残しつつ俺に一つ提案をしてきた。


「ようは今の自分じゃ付き合えないってことでしょ? なら昔の悠真に戻れる様に一つ一つ解決していこーよ」

「例えば?」

「サッカーのトラウマ克服とかさ」

「無理だ。何ヶ月も克服のためにドリブル突破の練習をやったのに克服どころか悪化したんだぞ」


 以前も話した通り、膝を死角から壊されたトラウマで、俺はドリブル突破しようと思うと脚がすくんで全く動けなくなる脚のイップスのような状態に陥ってしまった。しかも改善しようと無理に動かそうとしたら、かえって悪化したと言うおまけもついている。

 そんな状態から改善なんてできるのだろうかと俺は頭を悩ませる。一人では確実に無理なのは理解しているが、人の手を借りたところで改善できるような問題なのかとも思ってしまう。


「悠真ってドリブル突破以外は難なく出来るんだよね?」

「ああ。シュートもパスもディフェンスも問題無いぞ」

「本当に突破だけなんだ。んー……どうしよっか」


 蓮がそう言って少し悩んだ後、立ち上がって俺の腕を掴んで無理やり引っ張って歩き出した。混乱している俺をほったらかしで外に出てグラウンドまで向かう蓮。そしてボールを倉庫から持ってきた。


「とりあえずアップしよ〜」

「アップって……サッカー部も来るんだぞ」

「まぁまぁ来たら端で遊んどこ〜よっ!」


 十メートルほど離れたところからアウトサイドでボールを蹴ってきた。足元ぴったりにボールが落ちてきて、それをしっかりトラップする。それから蓮の胸元目掛けて少し山なり気味にボールを蹴る。


「よっと……相変わらず物凄いコントロールだねぇ」

「お前が言うか。経験者でもないのにいきなり足元ドンピシャで蹴れるとか」

「まぁ〜勘というか、そういうのだよ〜」


 俺も割とサッカーに関しては天才だとは思っていたが、やはり全てにおいて才能が秀でている奴は次元が違うなと再認識した。運動神経がいいとかそういう括りと一緒にできないレベルで蓮は運動ができるし、できてしまう。なのに部活は何もしてないのが勿体無いと思ってしまう。


「悠真〜もう二十メートルくらい離れるよ〜」

「あいよ」


 離れてからすぐに弾丸ミドルシュートが飛んできた。反射で避けかけたがサッカー部時代の名残か、全く避けずむしろ胸で衝撃を全て受けてビタ止めトラップできた。


「え、すご何それ」

「反射だ反射。つかどんな勢いで蹴ってんだよ蓮……ってん?」


 今の声は蓮じゃない。そもそも三十メートル離れているのに何故蓮の声が近くから聞こえるのかとすぐ疑問を持った。周りを見ると、実にプールの時ぶりに出会う男がいた。


「悠真すご!? そんなことできんの!?」

「……桐崎、お前部活こんな早く来てんのか」

「え、うん。だって早くサッカーやりたい」


 つい真面目だなと思ってしまった。しかし桐崎相手にサッカーをやってるところを見られたとなると、めんどくさいことになる予感しかしない。

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