第37話 ギャルと元カノ
『俺が悪い』と『そんなの関係ない』の応酬で収まるべきところに収まらなくなってきた。電気もついていない空き教室の真ん中で、二人して子供みたいに言い合いをしている風景はどこかカップルが別れ話をしている風景にも見て取れるだろう。
俺と華奈、双方の芯が一切変わらない言い合いは全く止まらず、もはや同じ事を繰り返しているのみなのだが、意固地になってしまっていて収集もつかない。
「悠真ほんっと……! 頑固すぎ!」
「華奈の方が頑固だろ……俺のことまだ好きとか言ってる時点で……」
「はぁー? 悠真があまりに早く私のこと振り切れすぎなの」
実際は全く振り切れていないどころか好意が更に再燃しているのだが、そんなことを俺が言えるはずもなくその言い分にただ曖昧な言葉を漏らすだけであった。
華奈の事なんて振り切れる訳ない。別れた時からずっと避けていたいと思っているのに、心の奥底ではずっと隣にいて欲しいと思っている。ついこの前までは心の中のこの矛盾が大層気持ち悪くて辟易していたが、今はもうずっと隣にいれればいいなという思考にシフトしてきている。ただし背負った暗さが無くなるわけでもないので、基本的にまだスタートラインに立ったどころかクラウチングスタートの構えをした段階くらいだ。
「……ねぇ否定してよ」
「え?」
「否定しないんじゃ本当に……振り切れてるって事でしょ? それはそれで嫌だ」
「……めんどくさお前……」
「それ言わないでー!! 自覚してるから!!」
そんな少しめんどくさいところすら愛くるしいと思ってしまうあたりが、恋は盲目だなと感じてしまう所だ。俺自身の感情は元々変わっていないのだが。
「……というか悠真、気づいてる?」
「何がだよ」
「外で誰か聞き耳立ててるの」
「気づいてるわけねえだろマジかよ」
咄嗟に扉の方を向くと、微かに人影というか頭のてっぺんの影が見えた。それも微かに金色に光っている。この学校で俺と華奈と近い関係で金髪の人間なんて一人しかいないが、この状況でそいつが絡んでくると更に厄介な事になりそうだなと頭が痛くなってくる。
「おい早乙女、入れ」
「あちゃー……バレてた?」
「バレるよそりゃ。そんなに分かりやすい髪色してるんだから」
案の定入ってきたのは早乙女だった。今華奈と色々話していたのに、早乙女まで絡んできたらいよいよ話がごちゃごちゃになってくるだろうなと頭が痛くなってくる。
「んで〜? 天っちと華奈は結局付き合うの?」
「そーしたいんだけどなぁ……私の目の前にいる人が私のことなんて忘れてるらしいからなぁ……」
「誰もそんなこと言ってねえ……」
「え、そーなの? なーんだーあたしもチャンスあるんじゃーん! 勝手に内心諦めモードになってて損した〜」
「いや俺前ちゃんと気持ちに応えられないって言ったよな?」
一応確認を取る。デートした日に公園のベンチで確かにそう言ったはずだ。それに早乙女も少ししょげた顔をしてうなずいていたはずだ。なんで今になってまた再燃するんだ。
「いやさ〜、華奈と花火見に行ったとか聞いたらなんかやきもち妬いちゃってさ? やっぱあたしまだ諦めれないなってなっちゃった」
「諦めてよ。悠真を彼氏にしたいなら私を通して!」
「彼女じゃない人にそんなこと言われてもなー? ねー天っち〜」
(なんちゅう状況だよ)
見方によればとても羨ましい状況に見えるかもしれない。方や学年のマドンナ、方や男子に人気なギャルに挟まれて双方から迫られているのだから。しかしその実、俺を挟んで二人で睨み合っているだけだ。しかも早乙女がいつもよりも煽り口調なのが余計に華奈をヒートアップさせる原因になっている。早めに止めないとまずいかもしれないと一抹の不安を覚え始めた。
「いや俺に振られても」
「大体華奈って他の男子と天っちの扱いの差酷すぎない? 他の男子はどう頑張っても苗字呼びなのに」
「蓮も名前じゃん! というか星來が八方美人すぎなの!」
「何が悪いのそれが〜。八方美人が一途なのは割と刺さるんだよ〜?」
俺には刺さらんぞと目で訴えるがガン無視される。そして横の華奈の顔が更に酷くなってきている。嫌悪感を全面に押し出している表情だが、早乙女は全く動揺していないどころか俺に更にひっついてきた。
「ほら天っち〜? あたしの方が気苦労とか無いよ〜?」
「いや気苦労とか別に……」
「悠真……わ、私も気苦労しないよ!」
「いやいや〜。華奈ぐらい人気だと嫌でもしちゃうでしょ〜? それで天っちが限界きて別れたんだし」
「そ……れは……」
早乙女が華奈の触れてほしく無い部分をしっかり触れて、更に突っついていく。パーソナルスペースを無視して人につけ込んでくる早乙女の悪い部分が出ているが、おそらく意識的にだろう。
「そんな苦労あたしなら無いよ〜? ちゃんとお付き合いするし、デートもするよ?」
「私だって……するよ……」
「でも付き合ってた時デートもそんなにしてなかったんでしょ? そんな関係ならあたしの彼氏になってる方が何倍も楽しいよ」
その言葉を聞いて一気に顔が真っ白になった華奈を見て、俺自身も何故か血の気が引いた。早乙女にくっつかれて、柔らかい部分も押し付けられてるのに全く感覚がしない。
俺をダシにして華奈を攻撃している事実にだんだん腹が立ってきた。早乙女は俺を一度諦めているし、むしろ前はもっと弁えていた。でも今の早乙女は自分が望む未来のために、俺の元カノであり自らの友人である華奈に攻撃している。
「ね〜天っち〜? あたしにしなよ〜」
「悠真……そうだよね……星來の方が幸せになれそうだよ」
その言葉を聞いて頭の中の血が一気に冷えた気がした。そして同時に、俺が選ぶべき道も定まった気がした。
「……早乙女」
「なぁにっ?」
ひっついている早乙女を無理やり引き剥がして少し距離を置く。少し微笑みながら言葉を待つ早乙女に、完全に冷えた頭で言葉を紡ぐ。
「言いたいことが二つあるから簡潔に言う。一つ、華奈に絶対に謝れ」
「え? あー……まぁあとで謝るけど……」
「二つ、俺はお前を異性として見ることは絶対無い」
「え……?」
「そもそも俺は前に気持ちに応えられないって言った。その時点で分かるだろそんな事」
若干引き離すような口調で淡々と喋る。早乙女も想像していた展開では無いようで酷く混乱している。隣にいる華奈も若干困惑気味だ。
「でも……」
「それと、自分が付き合いたい相手を無理やりにでも振り向かせるために友達を攻撃するやつと付き合うのは俺だったら嫌だ」
そう告げて俺は華奈に行くぞとアイコンタクトを入れて空き教室を出た。不思議と気持ちはスッキリしていた。
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