2- 17 裏切られた美女の復讐

 美伽の口から漏れた言葉に触れた結羽の全身が固まった。


 美伽さんのお姉ちゃんが自殺······そのお姉ちゃんって、まさか!


「安堂さん?」


 突然、結羽が瞬きもしないで固まってしまったので、美伽は心配になって声をかけた。

 結羽は我に返ると、美伽の目をじっと見つめた。


「美伽さん。亡くなられたお姉ちゃんの名前は······」


「名前? お姉ちゃんの名前は清美よ。阿手川清美」


「えーっ!」


 結羽は大声をあげて驚いた。結羽が発した突然の大声に美伽だけでなく、霊である田中や礼子も驚いて結羽を見つめた。


「結羽。まさか、お前が調査していた死亡事故の犠牲者って、美伽の姉である清美さんだったのか?」


 田中が尋ねると、結羽はゆっくりと大きく頷いた。


「うん。阿手川清美さん」


 結羽が美伽の姉の名前を口に出すと、美伽がまたもや驚いて結羽を凝視した。


「どうしてお姉ちゃんのフルネームまで知ってるの?」


 結羽は美伽たちに、交差点でひき逃げされて死亡した美女の霊·阿手川清美から、犯人を突き止めてほしい、と依頼されたことを伝えた。


「その流れで安堂さんは淳に偶然出会って、淳から私にたどり着いて、安堂さんに依頼したのが私のお姉ちゃんだった、ということだったのね」


 美伽は、納得して頷いた。


「美伽さん。さっき、清美さんが自殺したんじゃないか、て言ってましたよね? ぜひ詳しい話を教えてください!」


 結羽は力強く美伽に訴えた。美伽は、身内のことなので、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。しかし、愛する人の霊と出会わせてくれた結羽のために協力しようと決めた。


「今年の春に私のお姉ちゃんの婚約者に新しい女ができたの。そのせいでお姉ちゃんは婚約破棄させられてショックを受けて『死にたい』ってよく言ってたわ。それ以来、お姉ちゃんは、婚約者だった男が車で通る交差点でひとりで立つようになったの。そして、数週間前にお姉ちゃんは交差点でひき逃げにあって亡くなったのよ······」


「そうだったんですか······。美伽さん、清美さんの婚約者だった人が乗っていた車って分かりますか?」


「白いベンツに乗っていたわ」


「もしかして CLA 200d ですか?」


「そう、それね」


 美伽がそう答えた瞬間、結羽が抱えていた「謎」という闇が全て消失して澄みきった青空が脳裏に広がった。


「ついに謎が解けたわ!」


 結羽に依頼した美女の霊である阿手川清美は、ひき逃げされたのではなく、自殺だった!

 阿手川清美は婚約破棄された恨みを元婚約者に抱き、彼が運転するベンツに自ら飛び込んで命を落としたのだ。その直後、元婚約者だった男は阿手川清美との衝突痕という事故の証拠隠滅を図り、自らベンツをコンクリート壁にぶつけることで物損事故に見せかけるという工作をした。


 結羽は、阿手川清美の元婚約者である男の卑怯な行為に憤慨した。一方で、なぜ阿手川清美は元婚約者に対して復讐を兼ねた自殺をしたのにもかかわらず結羽に“犯人捜し”を依頼したのか、その理由が分からなかった。


「安堂さん?」


 美伽が、考え込んでいる結羽に声をかけた。結羽は美伽の視線に気がつくと瞬きしながら美伽を見つめた


「あ、すみません。つい考え事を······」


「安堂さん、このあとすぐにお姉ちゃんに会いに行くんでしょ?」


 結羽は無言で頷いた。


「じゃあ、私も一緒に連れて行ってほしい」


 美伽からの頼みを結羽は素直に受け入れた。

 これから阿手川清美に会って、いろいろ問いただしたいことがある。自分ひとりで会うより、阿手川清美の妹である美伽と一緒の方が真相に近づけるかもしれない。


「もちろん、俺も行くからな」


「私は美伽の背後霊だから自動的についていくけどね」


 霊である田中と礼子が結羽に声をかけた。結羽は無言で頷いた。


 こうして結羽は美伽と2人の霊を連れて、阿手川清美の死亡事故現場へと向かった。



 死亡事故現場へ向かう道中、結羽は美伽と田中の会話を“通訳”していた。

 人である美伽が結羽を通して田中に言葉を伝え、それに対して霊である田中の言葉を結羽が聞き取って美伽に伝えた。

 美伽と田中は、これからのことを話し合っていた。しかし、生きている人間と死んでいる霊のそれぞれが望むことは異なっている。田中は美伽を愛しているからこそ「自分のことを忘れて前向きに生きろ」と何度も伝えているが、田中を愛してやまない美伽は、なかなか納得しないようだった。


 海浜公園から十数分歩くと、阿手川清美の死亡事故現場である交差点が見えてきた。


「あ!」


 結羽が驚きの声をあげて立ち止まった。美伽と2人の霊も歩みを止めた。


 阿手川清美の死亡事故現場である交差点にはパトカーや救急車、交通整理を行っている警官や何人もの通行人で騒然としていた。そして、その中には高らかな笑い声をあげる阿手川清美の姿があった。




(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る