2- 16 美伽へのメッセージ

 美伽は美しい瞳を大きく見開きながら目の前にいる結羽を見つめた。驚きのあまり右手で口を覆っている。


「どうして、そんなこと知ってるの?

 私の家族以外にはあつししか知らないのに······ 」


「私の目の前にいる田中さんが教えてくれたの」


 結羽はそう答えながら美伽の左隣に視線を移した。美伽も結羽の視線の先に顔を向けた。美伽には見えていないが、そこには霊である田中が立っており、美伽を愛しそうに見つめている。

 田中はさらに美伽の秘密を結羽に教えた。それを耳にした結羽は笑みを浮かべながら頷いた。


「いま美伽さんが身につけているネックレスは田中さんからのプレゼントみたいね。田中さんが言うには、田中さんと美伽さんが口喧嘩になったとき、美伽さんが怒ってネックレスを公園の人工池に投げ捨てたんだけど、あとから田中さんが人工池の中から探し出してまた美伽さんに渡したんだね」


「あ、あ······。それ、私と淳しか知らない出来事なのに······。誰にも話していないのに······。本当に、本当に淳は近くにいるの?」


 美伽は両目に涙を浮かべている。結羽は、優しく微笑みながらゆっくり頷いた。


「田中さんはね、淳さんはね······美伽さんの右隣で立ってるよ」


 美伽が、田中が立っている場所に顔を向けると、田中は美伽を優しく抱きしめた。しかし、霊を見ることができない美伽は、自分が愛する人に抱きしめられていることに気がついていない。


 田中は美伽を抱きしめながら、結羽に言葉を伝えた。


「田中さんがね、突然死んでしまってごめんね、て謝ってる。美伽とずっと一緒にいたかった。美伽と一緒にエアーズロックに行きたかった、て言ってる」


 結羽が美伽に田中からの言葉を伝えた直後、美伽は「わあっ」と泣き崩れた。地面に両膝をつけベンチに顔を伏せて声をあげて泣く美伽を、田中はしゃがみ込んで美伽の肩を優しく抱いた。


「淳とエアーズロックに行きたかった。新婚旅行でオーストラリアに行こうって約束してたのに······」


 美伽は声を震わせながら泣き続けた。そんな美伽を見つめていた彼女の背後霊である礼子も、もらい泣きするように両手で自分の顔を覆い肩を震わせた。


 結羽も目の前で泣き崩れている美伽がとても哀れに思えて目に涙を浮かべた。


 愛する人、大切な人を失うって辛いよね、悲しいよね······。


 結羽は溢れ出た涙を人差し指で拭った。



 数分後、美伽は落ち着きを取り戻して再びベンチに座った。結羽もその隣に腰を下ろした。


「安堂さん、淳の霊はまだいるのかな?」


 涙目の美伽が鼻をすすりながら左隣に座る結羽に尋ねた。


「うん。美伽さんの傍で立ってるよ」


「安堂さん、淳が私に伝えたいメッセージを教えてくれる?」


 結羽は田中を一瞥した。結羽の視線に気がついた田中は無言のまま頷いた。


「田中さんから美伽さんへのメッセージは······俺のことは忘れて前を向いて生きてほしい。幸せになってほしい。何があっても前へ進まなきゃダメだ、そう言ってるの」


「何があっても前へ進む······。淳がよく私に言っていた言葉。でも、淳、私あなたを忘れるなんてできないよ!」


 美伽は目の前に立っている田中を見上げた。そんな美伽を見た結羽は、彼女は田中のことが見えているのか、と錯覚してしまうほど美伽は田中の顔を見つめていた。

 田中は美伽を見つめながらゆっくりと首を左右に振った。そして、結羽に言葉を伝えた。


「田中さんがこう言ってる。もしいつまでも美伽が前に進もうとしなかったら、俺は美伽のことが心配で天国に行けないんだ」


 その結羽の言葉に美伽は青空を見上げた。


「美伽さんより年下の私がこんなこと言える立場じゃないけど······私も田中さんが言うように、大切な人がいなくなっても前へ進むしかないと思うの」


 美伽は、結羽に顔を向けた。


「安堂さんは大切な人を失ったことがないから、そんなことを言えるのよ······」


 美伽は弱々しい口調で結羽に言った。すると、結羽は首を左右に振った。


「私、物心ついたときから、すでに大切な人がいなかったの」


「安堂さん、それどういうこと?」


「私、生まれてすぐに孤児院に預けられたから、ママやパパを知らずに育ったの」


 美伽は、結羽の過去を知った瞬間、申し訳なさそうに目を伏せた。


「そうだったんだね······。安堂さんも辛い思いしてきたんだね」


「でも今は孤児院から自立して前を向いて生きてるよ。だから、美伽さんも愛する人の死を乗り越えて前向きに生きてほしいな」


 結羽は優しい眼差しで美伽を見つめた。しかし、美伽の表情は暗いままだ。


「でも、どうして? どうしてお姉ちゃんが亡くなったあとに淳も亡くならなきゃいけないの? どうして神様は、私から大切な人を奪っていくの?」


 美伽は、弱々しい声だけど、強い不満と怒りを込めた口調で呟いた。


「え? 最近、美伽さんのお姉ちゃんも亡くなったの?」


「そうなの。警察は交通事故だと言ってた。だけど、お姉ちゃんは自殺したんだと思ってる」


 美伽からの思わぬ言葉に、結羽は脳裏に閃くものを感じて衝撃を受けたのだった。




(つづく)

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