第6話-2

「こんなところで訓練してたの?」

 光の訓練に付き合うことにした亮は、連れてこられた場所を見てあっけにとられた。

 光が訓練場所として利用していたのは学校が所有する近所の山、そこへの入り口付近だった。この森は人の手が全く入っていない荒れた森で、無秩序に伸びた木々の枝葉が飛び出し、足元には雑草が覆い茂っている。噂では熊が住んでいるとかいないとか。

「ここで訓練なんて出来るの?」

「出来るよ。この中に入ってひたすら走り回る」

「相変わらず呑気だなぁ・・・」

 ある意味予想通りの回答に亮はただ呆れた。そんな亮を放っておいて光は来ているシャツを脱いで近くの木の枝に引っ掛けた。

「なんで脱ぐのさ?」

「この修行で私服がボロボロ、泥だらけになってしまって着れるやつが無くなる」

 そう答えると野生児の如く森の中へと潜って行った。心配で視線で追うがすぐに見失う。まぁすぐに戻って来るだろうとその場で待ち構えていると、やはりすぐに戻って来た。案の定、体に傷を作って。

「お帰り」

「ただいま。やっぱこうなった」

 彼は全身に付いた傷を見せてくる。傷の数は昨日よりも断然少ないが、これは一回目の突撃だからだろう。

「この訓練は一体どんな状況を想定しているのさ?」

「敵の大群に突っ込んで切り抜ける訓練」

 思ったよりもしっかりと考えていたことに一応、理解を示す。

「必要になるかな?」

「ならない方が理想だけど。この先、敵の大群に囲まれる想定はしておいた方が良いと思う。鋼がシールド張って耐えている間に、勝が敵の数を減らす。僕は敵の大群に突っ込んでかく乱、もしくはデバフで行動不能にするのを想定しているよ。

 あとは除けタンクも兼ねたら鋼の負担も減らせるかなって」

「除けタンク。敵の攻撃を避けることで攻撃を引き付けれるってやつ? 行けそうなの?」

「行けそうな感じはしてる。昨日の訓練だと一回潜っただけでかなり傷だらけだったけど、今日はぐっと少なくなった。多分、あと数回潜れば体のコントロールは掴めると思う」

 光はギュっとこぶしを握る。おしゃべりしている間に傷の治療は完了している。

 彼は再び森へと潜った。それから数分後、戻って来た彼の体にはやはり傷があったが、先ほどよりは1割程少なくなっていた。

「倍以上の時間潜ってさっきよりも傷が減って来たね」

「あともうちょっとで物に出来そうだ」

「だったら今のうちに僕の訓練にも付き合ってもらうよ」

「了解。それで何をすればいいんだ?」

「傷を癒す時に、色んなアプローチをして傷の治り方を比べてみるから。まずは普通に治すね」

 亮はまず、光の左肩に付いた切り傷を指でなぞる。淡い光が宿った指先が触れると傷口は綺麗に消えて無くなった。

「じゃあ、次」

 今度は左腕の傷。光指先が傷口に触れるかどうかのギリギリの位置で止めて力を送る。だが傷は癒えなかった。

 今度は傷口から離れた位置を指先で触れる。傷口は塞がっていくが、その速度はかなり遅い。

「これって何してるの?」

「傷を癒す時の制約の確認」

「制約?」

「傷を癒す力は凄いけど、その分、制約みたいなのがあるんだよ。まず第一に相手の体に触れてなくちゃいけない」

「それって直接?」

「うん。服の上からだったり、僕が手袋とかしてたりしたら癒しの力は相手に届かないんだ」

「へぇ、知らなかった」

「それは無理ないよ。傷の治療をするときは普通の医者がやるように傷口を消毒してから行うから」

 ヒーラーの力はあくまでも傷を癒す力である。病気は治せないし、傷口に付着した細菌も殺せない。傷口に異物が付着していると、その異物を取り込んで皮膚が再生してしまう。なのでまずは傷口の消毒や異物除去を行ってから治癒の力を使用する。

「もう一つは傷口に触れる事。離れた位置からでも癒せるけど、今みたいにすっごく遅くなる」

「傷口に触れるって、そう考えるとちょっと嫌だなぁ」

 露骨に嫌な顔をする光に亮も同意する。

「しょうがないとはいえ、確かにね。血液感染のリスクが増えるから、出来る事ならそれは避けたいんだよ。だから治療はまず通常の外科治療を行って、最後の仕上げとしてヒーラーの治癒術を使うんだよ。塗り薬を塗るみたいにね。

 だからヒーラーは普通の医術を学ぶんだよ。あくまでもヒーラーの治癒術は現代医術の補助的な役割だから」

 だからこそ現場に付いて行っても簡単な応急処置しか行えない。本格的な治療を行うならば、すぐに帰還して病院へ救急車で運ばれた方が生存率は上がると言われている。

「ヒーラーは現場に出ずに後方で待機。でも戦場に出てる人たちからしたら、応急処置しか出来なくてもヒーラーがチームに居てくれるだけで精神的な安心感があるから付いて来てほしいって声が多いんだよね。でも皆、現場には出たくないって断っているんだ」

「・・・ひょっとして何か言われてる?」

「遠回しにだけどね。ヒーラーの僕が現場に出てるとそれが当たり前だと思われるのが嫌だって」

「気にすんなよ。亮は自分がそうしたいって決めた事なんだしさ。胸を張っていいと思うよ」

「うん。ありがとう。さてと話がそれちゃったね。次は・・・どうしようか?」

「決めてないんかい!」

「だってさ。さっきも言ったけど、ヒーラーの術は傷口に触れて傷を癒すことだから。それ以外は通常の医療でカバー。だから普段は医術を勉強してるんだよ」

「だったらヒーラーとしてどんなふうになれば理想だったのさ?」

「それはもちろん。魔法みたいにどんな傷も治せる力かな」

「人のこと脳筋だって言っておいて、そっちも大概おおざっぱなイメージしかないんかい」

「いやぁ。それを言われると・・・。まぁ現状、さっきの制約の話。直接触れずに癒せるようになれば大分楽なんだけどね。あと同時に複数人を癒せるのも出来たらいいな」

「何気に要望多いな。でも現状だとその見込みは無さそうなんだよね?」

「うん。全然、出来るイメージが湧かない」

 お手上げのポーズをしてみせる。

「ならこういう相談は僕よりも祐に聞いた方が良かったんじゃ」

「勿論。祐だけじゃなくて皆にするつもりだよ。でもその前に現状の力の確認をね。出来る事と出来ないことをハッキリさせておこうと思って。と言うわけでもう少し付き合ってもらうよ」

「了解。でもその次のアイデアは無いんだよね?」

「まぁね」

「だったら・・・」

 光は少し考えて落ちている木の枝を拾うと地面に人型の絵を描き始めた。

「前に祐に相談した時に分かったんだけどさ。どうも僕たち人間の体には体を見えない膜のようなものが覆っているんだ。その膜は六曜の力を受けると一度弾く性質を持っているみたいなんだ。でもバフのような、対象の人間にとって有益な力だったら受け入れて、不利益な力だったらそのまま弾いてしまう。ひょっとしたらヒーラーの力もこの膜の影響を受けているかもしれない」

「膜か・・・」

 言われて力を使っている時の感覚を思い出す。そう言われてみればわずかな抵抗感があったような気がする。

「心当たりはあるけど・・・でも殆ど気にならない程度だったよ」

「うーん。ヒーラーの力はまた別ってことかな? それとも傷口だから膜が破けて力の通りが良かったとか?」

「あ、その可能性はあるかも。体が傷ついている時はその膜も傷ついて穴が開いている状態だから力がすんなり通る。だから直接傷口に触らないといけないのか? だから離れた場所だと傷の無い膜が邪魔をして力が上手く伝わらないとか?」

 光の助言で一気に視界が開けた気がした。まだまだ靄がかかっているが間違いなく視野と可能性は広がった。

「もっと他に情報無い?」

「他には・・・えーっと。祐は膜に対しては強引に力を押し込むイメージを使ってて、僕は相手の膜を破壊して力を送り込むイメージかな」

「強引と破壊か。試してみる」

 まだまだ傷が残る光の体で実験を続ける。まずは強引なイメージ。続けて破壊するイメージ。どちらを試したが。

「駄目だね。膜を破壊するイメージは全く浮かんでこない。強引は普通にやるよりも拒絶反応が強かった。普通にやる方が膜に対して抵抗感無く受けれてくれてる感じだった」

「駄目か・・・」

 ここで二人とも沈黙。しばらく考えを頭で整理する。

「思ったんだけどさ」

 光がまた地面に絵を描く。人型を二人書き、膜を書く。一人の体から線が伸びて相手の膜と体に繋げた。

「こんな風にさ。治癒の力を伸ばして相手の膜と体に繋げられないかな? 結局は体を覆う膜が原因だと思うから、その膜に力を伸ばすことが出来れば触らなくても遠隔で治療できるんじゃない?」

「力を伸ばす・・・。その発想は無かった。試してみるね」

 亮が右手に意識を集中すると指先に淡い光オーラが宿った。これは通常の治療を行う状態。その集まったオーラを更に集めて指先の更に先へと伸ばすイメージを抱く。

「おおっ!?」

 観測している光が歓声を上げる。オーラは指先から10センチ程伸びた。

「この状態で試してみるね」

「うん」

 恐る恐る傷口へオーラを当てる。

「これは・・・やっぱり上手く行かない? いや、膜が邪魔しているのか? 傷の前に膜を意識した方が良い気がする。触感で膜のようなものを感じ取れた。その隙間みたいなのが分かる。その間に力を通すイメージ。・・・よし繋がった!」

「おおっ!」

 光の傷が消えていく。直接触れてもいないのに。

「やった! 成功だ!」

「おめでとう!」

 喜んだのも束の間。亮はその場にへたり込んでしまった。

「どうしたの?」

「いや、急に体の力が抜けちゃって。この治療方法って思ったよりも疲れるかも」

「訓練すれば慣れるよ、きっと」

「・・・そうだね。何となくだけど、ヒーラーとしての力のレベルが上がった気がする。光みたいに、どうやら僕も力の成長が止まっていたみたいだ」

「ならこれからもっと訓練しないとな」

「そのためには光にはガンガン怪我をしてもらわないとね」

「うげっ! マジかよ。このマッドサイエンティスト!」

 光の突っ込みが森の中へと響き渡った。


***


 夕食後から行われるいつものチーム小会議。本日は亮の部屋で行われる。各々準備を整えて全員が集合し終えた。

「よし。それじゃ今日の会議を始めるか。何かある人」

 リーダーの勝が仕切る。ちなみにここで何も無ければそのまま終了。お喋り&ゲームタイムへと変わる。

「じゃあ僕から」

 誰も手を上げないので亮が名乗りを上げる。

「実は僕も治癒術の特訓を行っているんだけど、今日、光に付き合ってもらって進捗があったので報告するね」

 そう言ってまずは特訓内容を順序だてて説明する。それから実際に治癒の力を見せて(誰も怪我をしていないので形だけ)イメージを伝えた。

「・・・と言うのが今日の成果なんだ。これをもっと上手く使いこなせれば遠距離治療が可能になるかもしれない」

「おおっ! すげぇじゃん!」

 この報告に勝たちは喜んだ。しかし亮は浮かないかを崩さない。

「ただ問題があって。僕の発想力じゃここから先のイメージが浮かんでこないんだ。だから皆に協力してもらいたく」

「イメージか。だったら・・・」

 5人が祐を見る。チームのアイデアマンの彼なら何か案があるかもしれない。彼もこうなる事は予想できたのか、動揺もせずに受け入れた。

「分かった。俺なりに考えておくよ。後でもう少し詳しく話を聞いてもいい?」

「うん。いいよ」

 これで亮の件は一先ず片付いた。この後は何も無ければ終了するのだが。

「あー。他に何も無ければ俺からいいか?」

 珍しく勝から話があるようだ。

「今日、先生からそろそろ配信するように言われたんだ」

「あー」

「やっぱり言われたか」

「まぁ、そろそろ言われるだろうと思っていた」

 それぞれ納得した。配信を休止してから既に一か月以上経過している。学校側としても授業の一環でもあり、また配信者の義務でもある配信を休み続けるのは許可し続けるのは無理だったようだ。

「配信を再開するのは、出来れば皆のパワーアップが終了してからが良かったな。その方がインパクトがあるだろうし」

「視聴者や登録者数も増やせそうなネタなんだけどな」

「何か演出を考える? 一人ずつ順番に公開していくとか?」

「1人ずつなら少なくとも6回分のネタは確保できるね」

「でもな・・・。俺たちならともかく光のネタはインパクトのある回で披露したいな。その方が面白そうだし」

「うーん・・・。困ったなぁ」

 皆が頭を悩ませていると、創が手を挙げた。

「一応、それに関して僕の方から案がある」

「お、マジ!」

「うん。偽装配信を行うのはどうかなと思う」

「偽装配信? 何を偽装するんだ?」

「僕たちのパワーアップは隠したままで、戦闘無しの配信を行うんだ」

「戦闘無し? 無理だろ。あっちに行けば必ず襲われるし、戦闘が無かったら何しに行ったんだって言われるぞ」

「その辺も大丈夫。戦闘しなくてもいいようにクエストを受注しようと思う」

「クエストって・・・」

 チーム暁が通う『国立藤波勇志高等学校』は配信者を育成する国立の高校である。この高校に通う生徒たちは皆、在学中は国家に所属しているものとして扱われる。

 そして国は所属が国や企業、個人に関わらず配信者に対してクエストを発注している。その内容は様々で、指定エリアの探索から資源の採集、アイテムの製造まで幅広い。

 クエストを受けるには条件があり、企業や個人ではそれなりの実績が無いと受けられないが国家に所属している配信者にはそれが無い。

 学生とは言え、扱い上は国家所属の配信者なので書類上はクエストを受注することは出来る。出来るのだが。

「結局さ。クエストって先生が俺らに出す授業の『課題』がまさにそうだろ? わざわざクエストに出すまでも無い小さな案件やこまごまとした雑用とか」

 勝の言葉に創は首を振る。

「そっちじゃなくて、正式に発効されてる方。中層以降でしか達成できない依頼はそっちに出てるから。それで調べてみたら丁度良さそうなのがあった」

 創はタブレットを操作してそのクエストを皆に見せる。

「これって鉱物の採取依頼?」

「うん。最後の配信で銅鉱石を手に入れただろ? それを提出した時に先生が教えてくれたんだ。それでチャンスがあったらこの依頼を受けてほしいって」

「へぇー。銅ってこんな高値で買い取ってくれるのか」

「銅に限らず金属全般需要があるよ。何しろ腐食の魔王の呪いで多くの採掘地が潰されてしまったからね。それ以来、常に不足してるんだ」

「よし。ならクエスト受注配信で行こうか」

「攻略配信じゃないから戦闘は映さなくていいもんな」

「何なら前回と同じ役回りでもいいし」

「いや、流石にそれは視聴者が怒るんじゃない?」

「なら演出を変えれば・・・」

 視聴者を欺く配信について、まるで悪戯を考える少年たちの無邪気なアイデアがタブレット一杯に書き留められていった。

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