第6話-1
「お疲れー」
「お疲れ」
治療棟3階休憩室。ここで缶コーヒー片手に一休みしていた亮は、同じく休憩にやって来た同級生たちに挨拶した。
「やー。大変だったよ。そっちは?」
「こっちも似たようなもん。でもイレギュラーが出てくる頻度が減って来て怪我人も減って来たし。前に比べたら楽になったよ」
上層でありながらに中層の化け物が出現するイレギュラー。続くときは続くもので、出現するたびに大勢の怪我人がこの治療棟へと運び込まれてきた。
そのたびに彼らヒーラーは休みなく怪我人の手当てを行い、または重傷者、特にヒーラーでも癒せない専門的な治療を必要とする患者を病院へと移送する。そのためのカルテ作成だったりと大忙しだった。
しかしここ一か月続いたイレギュラー騒動もようやく終わりが見えて来た。最後にイレギュラーが出現して4日以上も経過している。このまま収束してくれればいいのだがと亮は思う。
「まあ確かに。イレギュラーが出るのが終わってくれれば俺たちも多少は楽できるしな」
「そうそう。いい加減、ゆっくりしたいよ」
他のヒーラーたちも同意して頷いている。
「そうそう。イレギュラーと言えば」
ヒーラーの一人が缶コーヒーを開けながら亮を見る。
「今年のイレギュラー発生でこの学校の死亡者0は創立以来初めてだってよ」
「へぇー。そうなんだ」
「そう言えば教授がそんな事言ってたな」
口々に言いながら亮へと視線を送る。
「なんで僕を見るのさ?」
「いや、だって。七海が所属するチーム暁が出たイレギュラーの殆どを倒してるじゃんか」
「そうそう。配信は休んでるけど、裏でイレギュラー討伐したりで大忙しじゃん」
「まぁ、確かに」
思い当たるので否定しない亮。
チーム暁は現在、配信を行っていない。準備が整うまで休みを取っていたのだが、イレギュラーと言う問題を無視する訳にもいかない。
イレギュラーが出現した際に救援として呼ばれることが増えた。と言うよりも頼まれることがあった。チーム暁以外の生徒たちでは上層をウロチョロするのが精いっぱいで、中層の化け物たちを相手には出来ない。
救助に向かってもかえって被害が大きくなるのが目に見えているため、教師たちからもお願いされている。
その絡みで亮はヒーラーでありながら、治療棟での仕事は他のヒーラーたちよりも遥かに少なくすんでいる。
「しっかし。七海も物好きだよな」
「何の話?」
「いやさ。ぶっちゃけ俺たちヒーラーってさ、戦場に出る必要なくないか?」
「そんなことないよ。皆、結構すぐにケガするし」
「でも大したことないだろ? ヒーラーの治療が必要な時はすぐに帰還すればいいし。戦場でおちおち治療なんてしてる暇なんか無いし」
「それは・・・」
確かにそれも一理あると亮は思う。戦いの最中に治療は出来ない。戦いの終わり、もしくは合間に隙を見て治療を行うのが精いっぱいだ。
その治療もすぐに終わるわけではない。かすり傷程度ならば話は別だが、その程度だと無視できる。
本気で治療が必要な重篤な怪我を負った時は、応急処置だけして帰還した方が生存率が大幅に上がる。
帰還用の簡易ゲートが無かった大昔ならいざ知らず、戦闘の最中でも帰還が容易になった現代ならではである。
「こう言いたくはないんだけどさ。七海みたいにチームに入って戦場に出るヒーラーが居ると、俺らも言われるんだよな。安全なところに居て良いよなって。俺らだって頑張ってるっつーのに!」
「おい。やめろって!」
誰かに暴言を吐かれたのだろう。彼の言葉からは怒りが混じっていた。
「気にするなよ。僕たちは僕たちの出来ることをやればいいんだからさ」
亮は空になった缶コーヒーの缶をゴミ箱へ投げ入れ、休憩室を後にした。
「自分の出来ることを、か・・・。僕は自分の出来ることを全部出来ているのかな?」
ふとそんなことを思ってしまった。
***
その日は珍しく患者が一人も来ない日だった。予定を確認すると、何かのタイミングなのか、ナカツクニへ行っているチームは居ないようだ。
今日はもう患者は来ないだろうと判断した先生が、数人の生徒を待機させて大半の生徒を解散させる。久しぶりの早上がりに喜ぶ生徒たちをしり目に亮は自分が担当する救護室へ戻った。
とは言っても患者が来ないと治療が出来ないので、コーヒーを飲みつつ医学書を読んで時間を潰していた。そんな時に申し訳なさそうなノックの音が聞こえて来た。
「どうぞ」
患者が来たのでコーヒーを置き、迎えると相手は光だった。彼はTシャツに短パンと完全に私服だったが、全身細かい切り傷を作り血だらけだった。
「何があった?」
その痛々しい姿に亮も不意打ちを喰らってしまい、不覚にも一瞬思考が停止した。すぐに何かに襲われたのかと思ったが、光はバツが悪そうに。
「いやぁ。修行してたらこうなった」
まるでジョークで済まそうとした。大事ではなさそうな気配にホッとしたが、光の態度には少々呆れてしまった。
「そこに座って服を脱いで。脱いだ服はそこに居れて」
言われるままにシャツを脱いで上半身裸になる。傷口を見てみると皮膚の表面を薄く切って血が滲んでるだけ。ただ傷が多すぎる。
「どんな修行をしたらこうなったんだ?」
「障害物を避ける訓練をしてたらこうなった」
「障害物?」
「そ。障害物を避けそこなってこうなった」
「障害物ね・・・」
傷口を見る限り鋭い何かでひっかかれた感じだ。では壁ではないだろう。まるで針のような細く鋭いものを避けそこなった?
疑問はあるがまずは光の傷の手当てが優先だ。
「まずは傷口の血をふき取って消毒する」
消毒液を付けた脱脂綿で傷口を軽くふき取っていく。ほんとにかすり傷だったので傷口から血はもう流れていない。その傷口に亮は手を置いた。
「ヒーリング」
六曜の力の一つ。ヒーラーの使う技「ヒーリング」。対象の傷を癒す技だ。傷口を一つ一つ指でなぞっていくと傷口は綺麗に消えて無くなった。
「ふう・・・」
治療を終えた亮は額の汗を拭った。傷は大したことないが、数が多すぎてとにかく面倒だった。
「終わったぞ。他に何かあるか?」
「サンキュー。助かった」
光は立ち上がり腕を回したり体を触ったりして最終確認を行う。
「大丈夫。問題無い」
「なら。良かった」
亮は机に置いていた予備の缶コーヒーを光へと渡すと、飲みかけのコーヒーを口にした。
「ここで飲んでもいいの?」
「本当は駄目だけど、ここはもう殆ど僕専用の処置室なもんだし。先生も居ないし。患者もいないしな」
「患者はさっきまで居たけどな」
光が皮肉っぽく言って缶コーヒーを開けて飲む。
まったりとした時間が訪れた。
「そう言えばさ。光の体ってさ。大分変ったよな?」
治療中に思っていたことを口にした。後衛職ではあるものの、光はもともと筋トレが趣味でジムなど体を鍛えていた。そのため筋肉は付いていたが、ここ最近で更に磨きがかかったと言うか、フィージークの大会に出ても見劣りしない体になっている。
「そうなんだよね」
筋肉を褒められたので光は嬉しそうに笑顔で答える。
「なんかさ。意識の違いって奴かな? 自分が前衛だって意識して鍛えたら、急に筋肉の付き方が良くなったんだよね。お陰で服とかパツパツになってきついんだ」
「ああ、だからか。最近やたらと露出の多い服着ているのは」
「まあ、もうすぐ夏だからてのもあるけど。新しい服を買いたいんだけど、お金がね。ほら新しい武器の試作品を沢山、創に作ってもらったからカツカツで。貧乏学生は辛いよ」
「勝みたいに親に借りれば?」
「いや。筋肉が付きすぎて切れる服が無くなったって言えないって」
「それもそうか」
わははは、と笑い合う。
「でもそんなに筋肉付いたら動きにくくなったんじゃないのか? ああ、だから回避の訓練をしてるのか」
「いやそれがさ。逆なんだよ」
「逆?」
「うん。筋肉がついて腕力とか上がったんだけど、一緒に俊敏性も上がったんだ。足の速さとか。早くなりすぎて自分のスピードを制御できなくてさ、それであちこち体をこすりつけてしまうんだよ」
「それであの怪我か」
光の怪我に納得がいった。打撲が無かったのは、寸前でかわしているから、しかし完全には回避できずにかすってしまってあの姿になっていたのだと。
「しかし。筋肉が増えて、そのうえ足も速くなるなんてね。ひょっとしたらデバッファーの特性かもしれないね」
「デバッファーの特性か・・・そうかもしんない」
デバッファーに関わらず、六曜の力を手にした人にはある特徴が現れる。それは手にした力の性質に合わせて体が成長すると言うものだ。
「僕のような後衛職と呼ばれるヒーラーやクラフターはどちらかと言うと頭脳系、脳みそとかが強化される傾向にある。中間職と言われるバッファーは体と脳が均等に強化。
前衛職と言われるアタッカーとディフェンダーは筋肉が付きやすくなる。そう考えると光が筋肉付きやすかったと考えると前衛だったって予想できたね」
「結果論だよ。僕も筋トレが趣味だったし。それに亮や創だって、体鍛えてるし。後衛職だからって一般のアスリート以上の体だよ。もしかしたら人間がそう思っているだけで、実は力ごとに筋肉の付き方に差は無いかもしれないよ」
「筋肉の付き方に差は無いか・・・。確かにそれはあり得るかもな。でも能力ごとに身長が変わるかも可能性はあるかもしれないよ。
実際ディフェンダーは全員180センチを超えてるし、アタッカーは高すぎず低すぎず。ならデバッファーは低くなる」
「うそっ! それじゃ僕が低慎重なのは・・・」
「もしかしたらデバッファーの所為かもね。まぁそのためのスピードかもしれないし。いや、そのスピードを与えるために低身長になったのかも」
「うぉおお! マジかっ!」
光は頭を抱えて大げさに体を揺さぶる。
「まあ、一つの考察だからさ。そんなに気にしないで」
「うう・・・。そうだな。これはもうしょうがないことだもんな」
無理やり納得しようとした光は服を着ようと、血だらけのシャツを広げて、折りたたんだ。裸で戻ることになるが、流石に血だらけのシャツを着て戻るよりマシだと考えたのだろう。
「ああ、そうだ」
処置室から出ようとする光を引き止める。
「今度、光の特訓に付き合わせてよ」
「いいけど、どうしたの?」
「皆が成長してるのに僕だけ現状維持なのはちょっと危機感を抱いてね。僕も特訓したいんだ」
「それなら患者がたくさん来てるじゃん」
「患者は治療優先だよ。僕が自由に弄れないじゃん」
「こわっ! 僕の体で人体実験でもするつもり!?」
「大丈夫。変な事にはならないからさ」
「うわぁ・・・もう、怖いって」
「じゃあ、あとで僕の空き時間を伝えるから、それにスケジュール合わせて」
「しかも確定事項だし。はぁ、分かった。後で連絡頂戴」
「うん。じゃ、お大事に」
逞しくなった仲間の背中を見送った。
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