第6話 記憶の部屋

 健太が闇の中へ消えていった瞬間、車内の灯りが一瞬だけ明滅した。


 そして次の瞬間、誰もいない車両――記憶の部屋の中で、健太は目を覚ました。


 そこはまるで、古びた教室のような空間だった。黒板、机、壁際には掲示物。そして窓の外は、真っ白な霧に包まれている。


 「……ここ、どこだ? 修学旅行の……」


 健太が呟いたその言葉に、黒板のチョークがひとりでに動く。


> 《違う。君は“修学旅行”になど行っていない》

《ここは、“思い込み”で再構築された君の記憶の教室》



 「……え?」


 次の瞬間、壁の時計が逆回転しはじめ、教室の風景が“あの日”へと巻き戻っていく。


 ――文化祭準備の夕方。

 ――旧校舎の図書室の裏手。

 ――誰もいない地下階段。

 ――そして、倒れこむ自分の身体。


 「そうだ……俺、あの日……落ちたんだ。階段から」


 チョークがさらに黒板に書きつける。


> 《事故ではない。君は“呼ばれた”》

《記憶の部屋は、“孤独な記憶”を苗床にして開く》



 健太の頭の中で、別の記憶がよみがえる。


 ――誰も自分の話を聞かない日々。

 ――グループ決めに入れてもらえなかった修学旅行前の放課後。

 ――文化祭準備中、「来なくていい」と言われた黒い思い出。


 「……俺、行ってなかったのか。修学旅行なんて、最初から」


 だが、彼の記憶の中では、楽しげなバスの中、みんなと撮った写真、海辺での集合写真が“あった”。


 「じゃあ……この思い出も、全部……作られてた……?」


 黒板に新たな文字。


> 《“作った”のは君だ。君がこの“思い出”にすがった時、アルラウネは芽を出した》

《君は、“記憶の部屋”を開いた“最初の鍵”だ》



 健太は崩れ落ちるように床に座り込んだ。


 「じゃあ……全部、俺のせいかよ……」


 霧の中から、誰かが近づいてくる。


 それは――志乃だった。


 「健太。まだ、終わってないよ。思い出はね、消えることはあっても、塗り替えることはできる」


 「でも俺……」


 「この部屋に囚われたままじゃ、誰も前に進めない。あんたが持ってるのは、“鍵”じゃない。扉の内側から開ける手なんだよ」


 志乃の手が差し出される。


 「一緒に外へ出よう。……“今の思い出”を、書きに行こう」


 健太が、その手を取ろうとした瞬間――


 車内、現実の世界では。


 リナが突然、うずくまった。


 「……あれ? 文化祭の……ときの記憶……また、消えていく……」


 カナメが声を荒げる。


 「記憶の部屋が、こっちにも影響を――!」


 ユウトが叫んだ。


 「誰か、誰かが、まだ“鍵”を使ってる……! まさか、裏切り者って――」


 だが、その言葉は霧に飲まれ、次の瞬間、車両のドアが内側から開いた。


 ゆっくりと――誰かが戻ってくる。





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