第4話 文化祭前

《のぞみ307号:最終話・記憶の部屋》続き


 健太の姿が闇に消えた瞬間、列車全体がぐらりと大きく揺れた。


 「地震……じゃない」カナメが低くつぶやく。「これは、“記憶の書き換え”が始まったんだ」


 スマホの画面に、再び自動更新されたLINEマンガのページが表示される。


> 《文化祭前――学園に起きた“事件”が、全ての始まりだった》 《その日、クラスで起きた“もうひとつの事故”――そして消されたもう一人の存在》



 「文化祭前……あの時期って、先生のこと、誰も話してなかったよな」ユウトが言った。


 「むしろ、何があったかも覚えてない。文化祭の準備中に、一週間くらい記憶が飛んでる感じだった……」リナが青ざめながら答えた。


 「待って、それって……」

 カナメが震える指でスマホをスクロールする。


 そこには、かつての教室の風景が描かれていた。文化祭の装飾。作りかけの立て看板。そして――掲示板に貼られた、一枚の写真。


 それは、クラス全員で撮った集合写真。


 だが、写真の右端に、不自然な“空白”があった。


> 《この写真には、誰が写っていたかを思い出してはいけない》 《思い出した瞬間、あなたの記憶も書き換えられる》


 「空白……誰かがいたのに、消されてる……」

 リナの声はかすれた。


 そのとき、ドン、と再び列車が揺れる。


 カナメのスマホが、通知音とともに新たなページを開く。


> 《記憶の部屋に入る“次の者”は、文化祭前の“鍵”を手にしていた者》


 「“鍵”って……文化祭のとき、誰かが持ってたロッカーの鍵……?」ユウトが顔を上げる。


 「……違う。もっと根本的なもの。記録だよ」カナメの目が鋭く光った。「クラスの記録係だったのは――リナ、お前だ」


 リナはハッとする。


 「私……ずっと日誌つけてた。でも、文化祭前の数日分だけ、白紙だった」


 彼女がカバンから、ボロボロになった学級日誌を取り出す。確かに、そこには「9月25日~30日」の記録だけが抜け落ちていた。


 その白紙のページが、突然スッ――と黒いインクで満たされる。


> 《リナ:記録係。文化祭前、“記憶の部屋”に一度だけ入った唯一の生者》


 リナは日誌を落とし、後ずさる。


 「……じゃあ、私……すでに入ってたの……?」


 彼女の脳裏に、かすかに蘇る“幻のホーム”。あの扉。白い制服を着た少年の背中。


 「私、健太に会ってた……? でも……どうして忘れてたの……?」


 カナメが静かに言った。


 「健太が、自分の存在ごと“鍵”に封じ込めたんだろ。お前が苦しまないように。文化祭前、お前だけが真実に近づいてたから」


 リナは震える声でつぶやいた。


 「私が……鍵だったんだ」


 その瞬間、車両の外、幻のホームに立つ“記憶の部屋”の扉が、音もなく再び開いた。


 今度は、リナを招き入れるように、優しく、静かに。


 > 《ようこそ、“記録の鍵”へ。真実の記憶は、今ここに戻る》




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