―ラストレター・ドレスの下で―


「で、なんで俺ら、結婚式に呼ばれてんだっけ?」

 カナメがスーツの襟を指で直しながらぼやく。


「お兄ちゃん、それ何回目?さっきも言ってたよ」

 妹のミナが、くすくす笑いながら隣で言う。ワンピースに身を包み、はしゃいでいる。


「ミナ、ふざけないの。式場なんだから」

 母のアヤが後ろからたしなめる。黒いフォーマルドレスを着た彼女は、少し緊張した様子で周囲を見渡している。


 ユイは隣で、白いブラウスの袖を気にしながら、何も言わない。


 ミナが首をかしげる。「でもさ、なんでユイちゃんまで来たの?」


 カナメは少し照れたように笑いながら答える。

「従妹のナオ姉ちゃんだよ。昔はよく一緒に遊んでたんだけど、最近は全然会ってなくてさ。ちょっと前、精神的にきつくなってたらしくて……」


 アヤがふとユイに視線を送る。「それで、ユイちゃんに話を聞いてもらったのね?」


 カナメがうなずく。「うん。そしたらなんかすっきりしたらしくて。“ぜひ式にも来てほしい”って言われてさ」


 ミナがにんまり笑って、「ユイちゃん、すごーい」


 カナメは苦笑いを浮かべながら、「でも俺が『相談役の子を連れてきた』って親戚に紹介されんの、ちょっと恥ずかしいんだけどな」


 式場のロビーは静かで、緊張感が漂っている。




〔前夜・控室での回想〕


 試着室の鏡の前で、ナオは純白のドレスに身を包みながら、硬い表情を浮かべていた。

 彼女の後ろにはユイが静かに立っている。二人きりの空間。ユイはただ、黙ってナオの背を見つめていた。


「……本当はね、式やりたくなかったんだ」


 ナオはぽつりとつぶやいた。


「うちの親って、すごくちゃんとしててさ。立派で、他人から見たら完璧な家庭に見えると思う。でもね……だからこそ、ありがとうって言うの、怖かったの」


 鏡越しに、ナオの目がわずかに揺れる。


「感謝ってさ、口にすると急に重くなるでしょ? 思ってるのに、言葉にしようとすると、どこか嘘っぽくなる。私なんかが言っても、軽く聞こえちゃうんじゃないかって……ずっと、言えなかった」


 ユイは黙って聞いている。まばたきすら、控えるように。


「でも、不思議だね。こうやって話してると……ああ、私、本当はちゃんと気持ちを持ってたんだなって、少しだけ思えた」


 ナオはふと肩の力を抜き、小さく息を吐く。

 その時だった。


 ユイが、そっとポケットから飴玉を取り出した。何も言わず、ただ手を伸ばし、それをナオの前に差し出す。


 ナオは一瞬きょとんとし、それから微笑んで受け取った。


「……ありがとう。ちゃんと伝えるよ。私の言葉で、ちゃんと」


〔結婚式本番・手紙朗読シーン〕


 新婦・ナオが、両親に宛てた手紙を読み始める。


「お父さん、お母さんへ。


 今日は、私のためにこんなに素敵な式を開いてくれて、ありがとう。

 こうして花嫁としてここに立っていることが、まだどこか夢みたいです。


 でも、私は今、心から幸せです。


 そして、その始まりは――昨日、あの子に出会ったことからでした。


 名前も、歳も、何も聞いてくれなかった。

 私の話を、ただ、うんうんって、黙って聞いてくれた。


 私が泣いても、怒っても、笑っても、その子は何も言わなかったけど――

 話しているうちに、少しずつ、気づいたんです。


 私、ずっと、ちゃんと伝えたことがなかったんだって。

 だから、今日は言います。ちゃんと、言葉にして伝えます。


 お父さん。

 私が中学生の頃、ぶつかってばかりでしたね。

『勉強しろ』『早く帰れ』『男なんかまだ早い』って。

 うるさいなって、思ってました。


 でも、あの頃、私が何をしても黙って後ろをついてきたこと、

 自転車のライトが切れてたら、夜中に直してくれてたこと、

 今になって全部、わかります。


 私、あの時、すごく愛されてたんだなって。


 お母さん。

 私が就職で悩んで、家で泣いてたとき、

『ゆっくりでいいよ』って言ってくれたあの日の夜、

 あなたがこっそり泣いてたの、私は知ってます。


 私の前では、ずっと笑っててくれてありがとう。

 何もできなくて、ごめんね。


 でも、今日だけは言わせてください。

 私を、ここまで育ててくれて、ありがとう。


 私は、ちゃんと歩いていきます。

 今度は、私が誰かを守れるように。

 たくさん笑って、泣いて、強くなっていきます。


 最後にもう一度だけ、言わせてください。

 お父さん、お母さん。

 私を、あなたたちの娘にしてくれて、ありがとう……っ」


 涙が声ににじみ、ナオは言葉を詰まらせながら、絞り出すように読み終えた。

 彼女の目元はすでに濡れていて、白いハンカチでそっと押さえる。


 新郎の隣に座っていた父親が目を伏せて顔をぬぐい、母親は手で口元を覆いながら肩を震わせている。


 静まり返っていた会場のあちこちから、すすり泣く声が広がった。

 それは次第に会場全体へと広がり、誰もが静かに涙をこぼしていた。」


〔ラスト・ユイの沈黙〕


 会場は、しばらく静まり返っていた。

 誰かのすすり泣く声が響き、そして大きな拍手が起こる。


 ナオが深く一礼し、顔を上げた瞬間、

 客席の一番後ろにいるユイと目が合う。


 ユイは、何も言わず、ただポケットから飴を取り出していた。


 静かな、けれど確かな「答え」だった。


 カナメはユイの横で、拍手をしながらつぶやく。

「……やっぱユイちゃん、言葉より効くな」


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