―天才、沈黙に敗れる―



 カナメのスマホに届いたDMは、いつもの依頼とはまるで違っていた。


「彼女に会わせてください。私の脳がうずいています」


 差出人は日下部凛(くさかべ・りん)。弱冠24歳にして大学講師、AI研究者、TED登壇経験あり、しかもちょっと前にバズってた「感情解析ヘッドギア」の開発者。カナメは思わず二度見した。


「え、天才科学者……なんでウチのユイちゃんに……?」


 ユイはその横で、相変わらず飴の包み紙を開けている。


 

 やってきたのは都心の研究ビル。受付に名前を告げると、即通されるVIP待遇。緊張するカナメをよそに、ユイは静かに歩く。


 部屋にいたのは、眼鏡に白衣姿の若い女性だった。整った顔立ち、感情の起伏はほぼゼロ。立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。


「はじめまして。日下部凛です。彼女が……ユイさんですね?」


 ユイは答えない。ただ視線を合わせて、飴を口に入れた。


 その瞬間、凛が一歩後ずさる。


「……これは。なるほど。予想以上だ」


「なにがですか!?」


 カナメが食い気味に尋ねると、凛は机の上のノートPCを開きながら答える。


「この子は、私が10年以上追いかけてきた"沈黙干渉理論"の完成形です」


「いや、待ってくれ。それ、ユイちゃんただ黙ってるだけなんだけど……」


「いいえ。そこが重要なんです」


 凛は突然、スライドを切り替え始めた。脳波のグラフ、共感指数、ミラーニューロン、未知のフィールド。


「沈黙はゼロではない。情報密度が高すぎて、通常の言語では読み取れないだけ」


「ほら、ややこしくなってきた!!」


 

 実験が始まった。凛はユイに様々な音声・視線・反応刺激を与えようとするが、ユイは一切動じない。飴をなめながら、静かに、まるで時を止めたようにそこにいる。


「……だめだ。この現象……説明できない。でも脳が、理解しようとして暴走する……!」


 そう呟いた凛が、突然立ち上がった。


「完成したわ!」


「え!?なにが!?」


 凛は白板に数式を殴り書き、3Dプリンタに設計データを叩き込む。


 20分後、出てきたのは──


『無言コミュニケーション拡張ヘッドギア Ver.1』


 見た目はただのカチューシャ。でもつけると、沈黙状態でも「なんか伝わってくる気がする」らしい。


「……それ、科学?」


「いいの。こういうのは"インスピレーション"って言うのよ。科学者の皮をかぶったオカルトね!」


 

 その後も、ユイの無言力(?)を浴びるたびに、凛は発明を連発する。


「ゼロ秒アイマスク」:かけた瞬間に瞑想状態に入れる(ただし数時間起きない)


「沈黙味噌汁スピーカー」:音のない場所に音の“余韻”だけ再現する機械(用途不明)


「空気から飴を生成する装置」:カナメがマジで欲しがる(でも全部ハッカ味)


「……もう無理、脳のメモリが焼き切れる……」


 ソファに倒れ込む凛。その横でユイがふと、飴を差し出す。


 凛は、まじまじとそれを見つめた。


「……これは、記号か。それとも……意味のない優しさか……」


 そして、ぽつりと。


「やっぱり、科学じゃ測れないものもあるのね」


 

 研究所を出る帰り道、カナメが言った。


「いや~、あの人すげぇな。ほぼずっとハイテンションだったけど、あれだけ発明して、結局『よくわかんねぇ』で締めるとは」


 ユイは空を見上げ、飴を口に入れた。


 その背中を見ながら、カナメは小さくつぶやいた。


「……ま、ユイちゃんが相手だしな。俺だって、毎日が解明不能だよ」


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