第10話 「静かに壊れていく春のなかで」

あれから1ヶ月。

支援施設の部屋で、佐野はちゃんと3食食べて、薬も飲んで、

誰にも怒鳴られずに暮らしていた。


最初はそれだけで“生きててええんや”って思えてた。

でも、ある日ふとした瞬間――


「この生活、いつ終わるんやろ」

「支援って、いつまで続くんや……?」


そう思ったら、喉が詰まるようになった。



夜、眠れなくなった。

夢の中でまた昔の職場に戻って、怒鳴られる。

朝、目が覚めて冷や汗びっしょり。

でも布団から出られない。



支援員の兄ちゃんが心配して言うた。


「病院、一度行ってみませんか?」


佐野は無言でうなずいた。

ほんまはもう、**“何も決めたくなかった”**だけやった。



病院で診断が下った。


「うつ状態ですね。あとPTSDの傾向も見られます」

「長年の孤独と生活不安の蓄積が影響していると考えられます」



医者の声、遠く聞こえた。

佐野はただ、こう思っていた。


「“あたたかい場所”にたどり着いたと思ってたのに……

 まだ、どこにも着いてなかったんやな」



入院にはならなかったけど、

そこからワイの生活は**“通院”という新しい義務**に変わった。



■薬:朝晩2回

■通院:週1回

■気力:ほぼゼロ



でも、それでも支援員は言ってくれた。


「焦らなくていいです。

 “あたたかい場所”って、1回で見つかるもんじゃないですよ」



佐野は、次の診察帰りに公園を通った。

昔寝てたベンチ、今は誰もいなかった。

その前に立ち止まって、ぼそっとつぶやいた。


「……もうここには戻らん」

「戻りたくても、もう戻られへん身体になっとるんや……」



空は春なのに、風はまだ少し冷たかった。

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