第11話『ただいま、が聞こえる―』

生活保護が通った。

ボロアパートの1階、6畳一間。風呂とトイレは別。

冷蔵庫と洗濯機も支給された。

「やっと“普通の生活”や」と思った。


でも――

その日から、ワイの頭の中に“誰か”が住みはじめた。



「おかえり……佐野さん」

最初は小さな囁きやった。


玄関のドアを開けた瞬間、

布団に入る前、

レトルトごはんを温めてる時。


毎日、毎日、誰かが**“おかえり”って言うてくる。**



ワイ、最初はこう思ってた。

「ああ、ワイ自身の脳が“居場所あるで”って言うてくれてんねんな」

「それなら優しい脳やな」って。


でもちゃうかった。



日に日に声が増える。

男の声、女の声、ジジイの声、ガキの声。

しかも全員、“おかえり”しか言わへん。



テレビつけても「おかえり」

スマホいじってても「おかえり」

風呂入ってても「おかえり」

寝てる時も、夢の中で全員がこっち向いて「おかえりィィィィ!!」



ある日、支援員の兄ちゃんが来た時に言うてもうた。


ワイ「頭ん中に、ワイのこと迎えてくれる人らがいてな」

兄ちゃん「えっ」

ワイ「“おかえり”言うてくるねん。よう喋るんよ、最近」

兄ちゃん「佐野さん、病院行きましょうか?」



精神科、再訪。


「幻聴ですね。生活環境が安定したことで、“静けさ”が逆に刺激になってしまったのかもしれません」



薬が増えた。通院が増えた。

でも声は消えへん。


むしろ優しくなった。

まるで本当に、家族みたいにワイを出迎えてくれる。



そして、ワイはつぶやくようになった。


「ただいま……ただいま……」


一人きりの部屋で、声も出さんでええのに。

ワイは毎日、玄関を開けるたびに言うてる。


「ただいま、ただいま、ただいま……」



“あたたかい場所”って、もしかして――

ワイの中にあるんかもしれんな。

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