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「……というわけで、正式に捜索隊を編成する」
初級ダンジョン「始祖の原」地区管理集会所、会議室に集められた十数人の職員たちが、壁にかけられた地図とその前に立つダンジョン管理庁現場部門部長ヴァシリの顔を、それぞれ異なる感情を胸に見比べている。あるものは緊張を。あるものは焦燥を。ヴァシリは部屋の隅で腕を組む金髪の若者を一瞥すると、小さなため息を吐いて、再び口を開いた。
「今回の捜索にはダンジョン管理庁の所属職員ではない者も加わるから、ダンジョン探索にあたっての基本、君たちからすればあくびが出るような初歩的なこともすべて説明をするもし、理解ができない話が出てきたら適宜聞け。恥ずかしがるな。控えて命を落とすよりよっぽどいい。それでは…最前列であくびをしているお前のためにさっそく、説明をしてあげよう。
三日前、私たち国家ダンジョン管理庁は、この近辺に根付く初級ダンジョン「始祖の原」において、小規模な地形変動を感知した。君たちも知っての通り、ダンジョンはその日の天候、大気中の魔力濃度、地中の魔力含有率等に応じて、都度その地形を変化させる。ダンジョン研究があまり盛んではなかった二百年ほど前に比べ、昨今ではダンジョン研究が盛んだ。先人たちが命がけでダンジョンの各層に設置した魔動観測機器により、ある程度の地形変動であれば、天候を予測するように感知ができるようになってきた」
「…あの、ヴァシリ部長」
「なんだ最前列。眠気は覚めたのか」
「初歩的な質問で大変恐縮ですが…魔動観測機器とは?」
「臆せず質問ができて偉いな。魔動観測機器とは、その字の通り魔力を動力とした観測機器だ。本部に設置された主導装置と魔力回路で接続されているから、半永久的に燃料が尽きることはないし、遠隔で操作や管理を行うことができる。私たちはそれを用いてダンジョン内の魔力の動きを記録し、ダンジョンの地形変動が起きるタイミングを事前に予測することで、民間冒険者の行楽や職員たちの業務遂行へと役立ててきた。……ちなみに、お前たちがダンジョンへ侵入する際に待たされるランタンの中に入っているのは、魔法生物と呼ばれる生き物だ。観測機器のように魔力回路を繋いでいるわけではないから、稼働時間も有限だしこちらからの操作は行えない。くれぐれも大切に扱え。説明は十分か?」
「はい、ありがとうございます」
「よし、続けよう。そんな観測機器がありながらも、三日前に起きた地形変動に関しては、その兆候が全く見られなかった。たまたま生態調査へ出ていた職員の報告がなければ、変動が起きたことにすら気が付かなかっただろう。そこで私達は、数名の優秀な職員で編成された地形調査豚を派遣し、この度の地形変動がダンジョンにもたらした変化と、これまでの地形変動との差異を調べることにした。……しかし、その調査隊からの最終連絡、および魔法生物を使った位置情報通達が、どういうわけだか昨日から途絶えている」
人々の間にざわめきが走る。先ほど視線を向けられた金髪の青年が、ぐっと眉間に皺を寄せた。
「消息不明になっているものは、ダンジョン管理庁現場部門、地形調査部から二名安全確保部から一名、生態管理部から一名の合計四名だ。彼らは皆優秀な職員だが、持ち込んだ装備を鑑みると、今時点から三日以内に救助をしなければまず生存は絶望的だろう。
そこで、迅速かつ確実な救助を行うため、今回の捜索には我々、特務部門メンバーの他に“案内役”を一人加える。おそらく、この世で最も「始祖の原」ダンジョンの構造に詳しい者だ。入ってくれ」
案内が終わると、会議室の扉が開き、小さな影が無言のまま入ってきた。
煤のような髪に黒い装束。表情の薄い顔に、感情の読めない灰色の瞳。大きな帽子ではっきりと見えないが、顔つきにはまだ幼さが残り、少年のようにも、少女のように見える。背が高く、体格の良いヴァシリの横に並ぶと、まるで保護者とその子供のようだった
「現場部門遺品回収部所属、グレイだ。今回の捜索はグレイの指示に従ってもらう」
ざわめきが大きくなる。突然表れたまるで子どものようなやつが自分たちの指揮をする。言葉にすれば大変なことのように思えるが、大勢が反応したのは、そこではない。
「ちょっと待てよ!」
代弁するように一人、声を上げて立ち上がったのは金髪の青年だった。真っ直ぐ、至って真剣で、怒りをにじませた眼差しを向けたまま、グレイとヴァシリを交互に見る。
「捜索対象は“遺体”じゃない! なのに、なんで遺品回収部のやつが出てくるんだ。俺たちは生きてる仲間を助けに行くんだぞ!」
ある程度の反発は予想していたのだろう。臆することなく、ヴァシリが冷静に返す。
「確かに、遺品回収部の本来の仕事は、ダンジョン内部に残された冒険者…あるいは、調査員の痕跡を回収することだ。しかし、ダンジョン構造及び内部の知識に関して、グレイ以上に秀でたものはいない。だから今回は普段の職務内容とは関係なく、あくまでも例外で、ダンジョン内の案内役として同行してもらう。……そもそも、お前がここにいるのも“例外”だろう」
理路整然と諭され、金髪の青年――ギルバートはぐっと言葉を詰まらせた。部屋の何処かから、誰のものともわからない、小さな話し声が聞こえてくる。
「…なあ、あれって王立近衛騎士団の奴じゃないか? 式典で顔を見たことがある」
「ギルバートだよ、ギルバート・ハイン。あんな感じで態度は悪いが、剣の腕は一流らしい」
「なんでダンジョン管理庁所属でもないエリート様がこんなところに…」
声のする方を見ると、数人の職員が気まずそうに視線をそらした。思わず舌を打ちそうになり、寸前でこらえる。
そう、自分は正式なメンバーではない。今回失踪した地形調査隊の中に、かつての学友がいた。だから管轄外であるにもかかわらず、方方に無理を言って参加を願い出たのだ。
グレイはギルバートの視線に気づいていないのか、あるいは気にしていないのか。おそらく、こんな反応には慣れているのだろう。それまで閉じていた口を、静かに開いた。
「確かに、私の仕事は遺品を拾うことだ。だが、今回はそうではない。君たちを確実に目的地まで案内し、行方不明者の捜索に全力を尽くす」
感情のこもらない、少年のような声。それでもそこには何か、凍った意志のようなものがあった。
ギルバートは一瞬、何かを言いかけたが、結局ため息をついて姿勢を直す。
「……失礼した。続けてくれ」
ヴァシリはそれを見届けると、編成に関しての話を続けた。
捜索は翌日の朝一番に行うこととなり、その日は各々気を休めるようにと指示があった。ギルバートは今すぐにでも出立したい気持ちだったが、夜はダンジョン探索には向いていないらしく「行方不明者を探しに行くのであって、増やしに行くのではない。勝手な行動をしたらお前の上長や騎士団にも報告する」という言葉とともに、充てがわれた簡易宿泊施設に押し込められることになった。
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