第18話 君の重みを分かち合いたい

三津原さんに案内してもらって家にたどり着いた


「……ここです。ありがとうございます、朝宮君」


「いや、気にしないで。詩織さん、もう大丈夫?玄関までひとりで立てる?」


「……大丈夫。ごめんなさい、途中まで……支えてもらって」


詩織は、少し照れたような、それでいてどこか申し訳なさそうな表情でそう言った。

さっきよりも顔色は戻っていて、歩き方もしっかりしてきている。


「じゃあ、俺はこの辺で──」


「──お姉ちゃん!?」


扉が開いた瞬間、ぱたぱたと足音がして、

小鞠ちゃんが目を見開いて玄関から飛び出してきた。


「お姉ちゃん……だいじょうぶ……!? 外に行くって言ったっきり戻ってこないし、すごく心配してたのに……!」


「ご、ごめんね小鞠。少しだけ外の空気を吸うつもりが……」


「ほんとに!……ほんとに、帰ってこないかと思った……」


小鞠の声は震えていた。

小さな手がぎゅっと姉の袖を握る。


「……ごめんね、小鞠。心配かけちゃって」


その言葉に、小鞠はさらに表情をくしゃっと歪めて──ぽろりと一滴、涙を落とした。


「うぅ……ばか……お姉ちゃんの、ばかぁ……

お姉ちゃんが居なくなったら私は……」


詩織はしゃがんで、小鞠をそっと抱きしめた。


「ごめんね。もう大丈夫だから。お姉ちゃん、ちゃんと帰ってきたでしょう?」


「……うん」


新は、その光景を少し離れた場所から見つめていた。

ふたりの絆の深さに、言葉を挟むのは憚られた。


けれど、ふと詩織がこちらを向いて、静かに微笑んだ。


「……朝宮君がいてくれたから、ちゃんと帰ってこれました。ありがとうございます」


「いや……俺は、たまたま通りがかっただけだし……」


「……それでも、助けてくれたのは、朝宮君ですから」


そう言って、詩織は小鞠の頭を撫でながら、そっと目を伏せた。


「……本当に、ありがとう」


その言葉は、どこまでも真っ直ぐで──

けれど、どこかで、自分自身にも言い聞かせるような響きがあった。


「……じゃあ、また学校でね。今日は、ゆっくり休んで」


「……はい。おやすみなさい、朝宮君」


「おやすみなさい、お兄さん。……またね」


ふたりに見送られて、新は夜の街に歩き出す。


背中にはまだ、微かに彼女の体温が残っていた。

それを、ぎゅっと胸の中に押しとどめながら──


(……無事でよかった)


そう、心から思った。


三津原詩織視点


──静まり返った部屋。

布団を敷き終えたあと、ふたり並んで紅茶を飲んでいたときだった。


「お姉ちゃん、少しいい?」


小鞠の声が、いつになく静かだった。


「どうしたの?」


そう返した瞬間、胸の奥がざわついた。

なんとなく、聞かれる気がしていた。けれど、聞かれたくなかった。


「……もう、お姉ちゃんだけで抱え込まないで」


一拍の間。


「……別に、抱え込んでなんか──」


「お姉ちゃん」


遮るように、小鞠の声がかぶさる。

その声は、優しくて、でも真っ直ぐだった。


「私だって……もう何も知らないわけじゃないんだよ。

お姉ちゃんが、ずっと私のために色んなことを黙って、我慢してきたの、わかってる」


(……なんで。なんでそんな顔するの、小鞠)


「でもね、私ももう子どもじゃない。

お父さんとお母さんが亡くなった事ももう受け止められる。

お姉ちゃんが、苦しいときに言えなくなるの、見てるほうがもっと苦しいの」


詩織は、言葉を失った。


小鞠は、少しうつむきながら、それでもはっきりと続ける。


「だから……もう、抱え込まないで?

今度は、私にも私達にも……お姉ちゃんの“味方”をさせて」


小さな手が、自分の手に重なる。


その手は、あたたかくて──

ほんの少しだけ震えていた。


「……小鞠」


声が、喉の奥で詰まる。

こんなにも優しい言葉を、妹にかけられるなんて、思ってもみなかった。


泣くつもりなんてなかったのに、

気づけば、視界がぼやけていた。


「ごめん……強がってたわけじゃないの。ただ、守りたくて……」


「うん、知ってる。知ってるよ。ありがとう、お姉ちゃん

でもこれからはお姉ちゃん自身のことも大切にしてね」


詩織は、小さな声で「ありがとう」と返した。

それは、今まで言えなかったたくさんの感謝と、たくさんの謝罪を込めた一言だった。


そして思った。


(きっと、私は大丈夫。

……あの人がいて、小鞠がいて皆がいてくれるなら、私はもう……一人じゃない)


カップの中で揺れる紅茶の色が、夜の灯りに照らされて静かにきらめいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る