第3話 幸せな時間
──昼休み。
入学式から一週間。教室には、すでにいくつかのグループができていた。
あれから、俺は悠二と三津原さんと一緒にいることが多くなり、今日も三人で机を寄せ合って昼食を食べていた。
窓から差し込む春の光は、まだ少し肌寒さを残しながらも、心地よい季節の匂いをそっと運んでくる。
隣でパンを頬張る悠二と笑い合う俺。向かいに座る三津原さんは、時折微笑を浮かべ、俺たちの会話に耳を傾けている。
「そういえば、新。お前、弁当なんだな」
「一人暮らしだから、やれることはやっておかないと
ただ今日は寒くて作るのつらかったから今日くらいは買って食べればよかったよ」
俺は苦笑交じりに返した。
「でも、お昼はすごく暖かくなりましたね」
三津原さんが水筒に手を伸ばしながら言った。
「だよね。朝との温度差で、ほんとびっくりしたよ」
「春は、そういうところもありますからね。私も朝はお弁当を作るとき、寒くてつらかったですよ」
そう言われて彼女の食べているお弁当を見ると彩りの良くバランスが取れたおかずが詰まっていた。
「気になりますか?」
「あ、ごめん
そう言えばいつも作ってきてるんだなって思って」
「朝ごはん作りながらいつも作ってきてるんですよ
料理自体は好きなので苦ではないのですけど今日みたいな朝はちょっぴり辛いですね」
三津原さんは恥ずかしそうに笑う
(……いい空気だな)
三津原さんの、太陽のようなあたたかい笑顔を見るたび、胸の奥に小さなあたたかい光が灯る。
何気ない会話の中にふと見せる優しさに触れるたび、俺の心は、ゆっくり、でも確かに、彼女へと傾いていくのを感じていた。
この一週間、彼女と話すうちに、朝宮は彼女の人となりを理解してきたつもりだった。
(だけど……それなら、あの入学式の日の、あの悲しげな瞳は一体何だったんだろう?)
「朝宮君、どうかしましたか?」
向かいの三津原さんが、不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんでもないよ! ゲホッ……!」
慌ててもうひと口パンをかじり、飲み物で流し込もうとした瞬間、新はむせた。
「おいおい、気をつけろよな、新」
悠二が笑う。
「あまり急いで食べるのは感心しませんよ、朝宮君」
三津原さんが優しくハンカチで俺の口元を拭いてくれた。
「ごめん、三津原さん……」
「まるでお母さんと息子みたいだな」
「む、息子って! 悠二!」
「そうですよ、悠二君。私はこんな大きな息子がいた記憶はありませんよ」
冗談めかして、ハンカチで拭いてくれていた彼女が、微笑んだ。
「三津原さんまで……」
新は、からかわれたことに少し不満を感じながらも、このあたたかな雰囲気に、改めて自分の募る想いを実感していた。
──そして、いつか彼女の秘めた悲しみに触れられるように。
新は、心の中でしっかりと決意するのだった。
---
──放課後。
部活もなく、帰宅の準備を始めた悠二を、俺は呼び止めた。
「ん? どうした、新。お前の想い人の、好きなものでも聞きたいのか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ……三津原さんのことなんだけど。彼女、笑っているようで、どこか遠いところを見ているような気がするんだ。何かあったのかな?」
悠二は少し驚いたような表情で言った。
「ああ……やっぱり、お前も気づいていたか。まあ、あいつ、色々あってな……お前を信頼してないわけじゃないんだが……悪い。俺から簡単に話せることじゃないんだ」
「そっか……」
「だけど、これだけは言っておく。俺はお前のこと、応援してるぞ。詳しくは言えないが……お前ならきっと、あいつの抱えている問題を解決してくれる。俺はそう思っている」
「ありがとう、悠二」
「……あ、あと、そうだな。力になれなかった詫びってわけじゃないんだが……お前、コーヒー好きか?」
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