〈4〉
ユノセルに指示を出してから、リハルは一階にある白い扉の部屋で薬を作っていた。
ダグラス用の腰痛薬は作り置きがあったので、作るのはユノセルに渡す解呪薬だけだ。
解呪薬は数種類の薬草を乾燥させて粉状にしたものにクリスタルの力を混ぜ合わせる。
今晩と、明日の朝と晩に服用すれば呪毒は消える。
リハルの手元の容器の中で、薬は色の変化を始めた。
茶色だった粉が晶石の力と混ざり合い、緑になったり、藍になったり。紫になったかと思えば緋色の輝きを繰り返す。
そして最後には灰の色へと変わり、解呪薬は完成となる。
あと十分ほどはかかるだろう。
(ユノセルさん、作業は終わったかしら)
大きくて重い箱も、ユノセルならば二箱重ねて軽々運べそうだが、丁寧に一箱ずつ運んでほしいと頼み、それを裏庭へ置くように指示を出したけれど。
どう考えても薬を調合し完成させるより早く運び出しの作業は終わってしまいそうだ。
ユノセルもそれを察したらしく、終わったら次は薪割りでもしましょうか、などと言い出したが。さすがにそれは断った。
そしてリハルは呆れながら彼に言った。
「ユノセルさん、私はまだあなたの体にこの後も不調症状が続くと言いましたよね? 今は少し痛むけど、我慢してる状態ですよね? 運び出しの作業が終わったら、これ以上動いてはいけません。体を休めて待っていてください」
───なんて言っちゃったけど。この言い方、なんだか刺々しくなかった?
「動ける範囲内の痛みなのでつい……」
こう返答したユノセルに、
「痛みに慣れすぎるのもどうかと思いますよ」
───という返し方も、チクチクした小言みたいな言い方ではないか?とリハルは思った。
(イヤな気持ちにさせたかな)
言ってしまってからそんなことを考える。
(……はぁ。会話って、ホント面倒くさいな)
お茶菓子や晶薬相手のお客とは違うし、気心の知れた友達のライラとも違って、相手は泣く子も黙る氷の形相だ。
───あ。でも……。
「すみません。わかりました。外で待っています」
物置部屋で、会話の終わりにユノセルが言ったあのとき。スミマセンと謝ったとき、表情が違ったように見えた。
部屋が暗かったせいもあり、断言はできないけれど。
冷たくて硬い表情だったのが、少しだけ困ったような、申し訳なさそうな顔に見えた。
そう、一瞬だけ。
でも気のせいかもしれないから、これ以上考えるのはやめた。
それに、年下男子に気遣いが過ぎてもこっちが疲れるし。
彼の『冷め顔』は、きっと顔の筋肉が硬いせいなのよ。
うん、そう思おう。
などと勝手にあれこれ思っているうちに解呪薬は完成し、薬包も終えた。
湿布薬と解呪薬、それから二階の自室で浄化を済ませた『契約の鍵』を持って、リハルは外に出た。
ユノセルはテラス席のある庭の木陰にいた。
あぐらをかいて地面に座り、姿勢を正して目を閉じている。
(行動の読めない人だなぁ)
でもきっとテラス席の椅子も、彼には小さかったのだろう。
今度、ユノセルさんに合いそうな椅子を庭にも置いてあげよう。
そう思いながら彼に近付くのだが。
眠ってる?それとも瞑想?
「ユノセルさん、お待たせしました」
リハルが声をかけると、ユノセルは目を開け、ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「黄昏森は恐ろしい危険地帯だと言われていますが、この辺りはそうではないのですね。木漏れび館の周辺は邪悪な気配が全くない」
(うん。さすが銀騎士団長ね)
リハルは思った。
〈銀騎士団〉は魔物討伐が専門の部隊だ。
隊員は皆、魔物の気配に敏感でなければ務まらない。
特殊な修練を積んでいる集団だが、人間の中には稀に、魔性を敏感に感じ取る能力を生まれつき持っている者もいる、という話を祖母から聞いている。
ダグラスは鍛錬により力を磨き、能力を向上させてきたタイプだった。
ユノセルはどちらだろう。
まぁ、どちらでもいいか。そのうち分かるだろう。
「それは敷地内に悪いモノが入ってこられないようにしてあるからですよ」
「なるほど、そうでしたか。今日は少し安心しました」
「安心?」
「黄昏森の魔女は『とても恐ろしい魔女』だと噂に聞いていたので」
「もしかして、じぃじもそんなことを?」
「いえ、師匠はなにも。会えば判るとだけ言っていました」
(……そりゃね、こんな見た目じゃ恐くもないでしょうけど)
「でも本当は私、『とても恐ろしい魔女』かもしれませんよ? ユノセルさんが知らないだけで」
少しだけふざけて言ってみたが、ユノセルは落ち着きのある態度で言葉を返した。
「噂はそのままにしておきます。師匠は〈王国の隠れ魔女〉の真相や護封儀の内情を話さずにいましたから。それはきっと、この場所共々、リハルさんや先代の魔女の生活を守ろうと思っていたからだと思うので。自分もそうでありたいと思っています」
怒ったような表情なのに、真面目に誰かを思いやるような言葉に、リハルは驚いたが、自分も同じ気持ちであることを伝えようと思った。
「私も安心しました。新しい騎士団長は『泣く子も黙る冷徹者』という噂を聞いたので」
「………そうでしたか」
ユノセルの視線がリハルから離れ、下へと向いた。
(あれ?)
なんだか少し表情が変わった。
それにこの顔は二階の物置部屋で見たときと同じような『困ったような顔』に見える。
あのとき一瞬見えたあれは、気のせいではなかったのか。
(こんな顔もするんだ……)
やっぱり多少は気にしてるのかな。自分の噂のこと。
リハルの中に親近感が湧いた。
「でもね、ユノセルさん。噂は違っていると私は思ったので。だから安心したんです」
「違い……ましたか?」
ユノセルの視線がまたこちらに戻った。
「ええ。そんなふうに睨んでも魔女には通用しません。怖くないですよ」
笑顔を向けると、ユノセルは眉間に皺を寄せ、気難しげな表情になった。
彼のこんな表情を見て怖いと思ったり、冷徹だとか恐ろしいと決めつける人は多いのだろう。
無表情でも無愛想でも。その人の心根や本質までは簡単に見えるものじゃない。
………それに、私だって彼と同じような部分がある。
〈森の外〉に出たら、私だって無愛想になる。そして本当の自分を隠してしまうのだから。
「……じゃあ、これお薬です。これがじぃじの湿布薬と、こちらはユノセルさん用の解呪薬です。今晩と明日の朝と晩、食後に三回服用してくださいね」
「判りました」
「それから。契約の鍵もお返しします」
リハルは薬の入った包みをユノセルに渡し、次に服のポケットから浄化の済んだ鍵を取り出してユノセルに差し出した。
ユノセルはリハルから青紫色をした
ブレスレットの鍵は
ユノセルは腕も手首も太いから、新しい鍵はダグラスのサイズより大きめで、晶石の数も違ってくるとリハルは考えた。
「では、リハルさん。これで戻ります。今日はありがとうございました」
「いえ、お礼を言われるようなことは何も。こちらこそ、運び出し作業までやってもらって、どうもありがとう。じぃじによろしくお伝えください」
「はい。では明後日に」
「そうですね、明後日に」
蔓黒薔薇のアーチに向かって歩き出したユノセルをしばらく眺めていたが、リハルはその背に向かって声をかけた。
「お薬、忘れずに飲んでくださいね。我慢できそうな不調でも、我慢してはダメですからね」
その声に応えるように、ユノセルはアーチの手前で立ち止まり、ほんの少しだけ顔をリハルに向けるように振り向き、軽く会釈した。
その横顔は俯き加減で、はっきりとした表情はわからなかったけれど。
彼はフッと微笑んだように見えた。
(え。もしかして笑った? ………気のせい?)
おもわず傍へ走って「今、笑いました?」とか聞いてみたい! などと思ったが。
ユノセルはその大きな身体を窮屈そうに屈めながら、蔓黒薔薇のアーチをくぐって行った。
アーチを出れば鍵の力が働いて、ユノセルの目の前には〈路〉が現れる。
黄昏森を抜けて〈森の外〉へ続く異界路は、ラヴァルス王国内の王都にも繋がる路だ。
黄昏森は『陽が沈む西の最果て』といわれるほど人里離れた辺鄙な場所なので、王都からでは馬に乗っても二日はかかってしまう。
けれど契約の鍵には魔女の術がかけてあり、現れた〈路〉を辿れば一時間もかからずに黄昏森に入り、木漏れび館へ着くことができる。
但し、事情により『同行者』を伴う場合は『代理人』同様、魔女から教わった呪文を鍵の契約者が唱えなければ〈路〉を進むこともできず、黄昏森に入ることもできない。
そして契約者と同行できる者は一人だけと決まっている。
緊急を要する『代理人』とは違い、同行者に体調不良は起こらない。
けれど同行者を伴う場合は事前に連絡を行い、魔女の承諾を得ていなければならない。
そして同行者がいる場合、繋がる〈路〉は黄昏森の入り口までだ。
森から館までは魔女の使い魔が案内をする。
事前に連絡があるとはいえ同行者が蔓黒薔薇のアーチを問題なく通れるかは、そのときになってみないと分からない。
明後日、ダグラスの同行者として来るのは新しく銀騎士団長となったユノセルだ。
彼は今日、代理人として来訪し、来たときも帰りも蔓黒薔薇のアーチをくぐった。
明後日も問題はないだろう。
リハルはユノセルの姿が見えなくなるまで見送ると、そっと息を吐いてから両手を上げて大きく伸びをした。
「はぁー、さてさて。お茶でも飲み直しておやつでも食べたいところだけどなぁ」
夕刻が近くなって、森の暗闇が濃くなる前に、ユノセルに運んでもらった木箱を開けて仕事の準備にとりかかりたい。
「あ! そうだわ、ロルーナへの贈り物の用意もしないと!」
なんだか急に慌ただしくなった。
でも心はウキウキしているから不思議だ。
「とりあえず。やっぱりお茶でも飲んで、ちょっと休憩しておこう」
リハルは鼻歌を響かせながら館へと歩き出した。
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