〈3〉

 ユノセルはゆっくりとティーカップを持ち上げ、口へ運んだ。


 ひとくちめ。───そしてふたくちめ。


 表情を変えることなく飲み、ティーカップをおろす。


 その動作は意外にも、なんだかとても丁寧だった。



「どうですか?」


「甘くはありません。酸っぱいです」


「そうですか。これでわかりました」


「何がです?」


「レイベルトさんの体に痛みがあるってことがです」


 このお茶の味は、甘味か酸味に分かれる。


 使ったのは無味無臭の薬草茶葉なのだが、身体に痛みがあるかないか『味』で判断できるように、こっそり術をかけて淹れた。


 酸味を感じるのならば体のどこかに痛みがある証拠。


 甘いだけなら何も問題はない。


「このお茶は、少しでも体調不良がある場合、酸っぱく感じます。レイベルトさんは頭が少し重く感じる程度だと私に言いましたよね?でも本当は痛みも少しは感じているのでしょう?」


 ティーカップに視線を向けたユノセルの表情は何も変わらない。


「今はまだ我慢できる症状かもしれませんけど。この後もしばらく続きますよ。魔女の呪文で起こる不調症状は、たとえ僅かでも我慢してはいけません。流行の病や怪我とは違うんです。たとえ白魔女の呪文であっても、呪いを含んでいますからね」


 ユノセルの視線がリハルに向いた。


 呪い、という言葉に反応したように思えた。


「わかりました、以後気をつけます」


 仮面のような無表情だが、とりあえず自覚と反省はしたようだ。


「後できちんと調剤したお薬を出しますね」


「薬を?」


「ええ、代理人用の解呪薬です。〈呪〉は〈毒〉にもなりますから。呪力がきれいに消えて、体の中に残らないようにするためのお薬です」


 リハルは言いながら立ち上がり、ユノセルの前に置かれたティーカップを片付けてキッチンへ向かう。


「お茶を淹れ直しますね。次はちゃんと美味しいお茶を。ハーブティーのカモミールにしましょう。それから、ダグラス様に腰痛用の湿布薬を預けるので渡してもらえます?」


「……ああ、はい」


「とってもよく効くので。今晩、貼って寝れば明日にはもう動けるようになりますから。明後日にもう一度、二人でここへ来てください。午前十時に黄昏森に。ダグラス様にそう伝えておいてくださいね」


 リハルは新しく淹れるお茶の用意をしながら話を続けた。


「レイベルトさんに新しく契約の鍵を渡さなければ仕事になりませんから。……あ、それで次にここへ来るときは、森の入り口からポポという子に道案内をさせるので、レイベルトさんは鍵がなくても大丈夫ですよ」


「ぽぽ?」


「私の使い魔です。───どうぞ」


 リハルはカモミールティーが注がれたティーカップをユノセルの目の前へ置いた。


 甘いリンゴに似た香りが、ふんわりと漂う。


「ペパーミントとハチミツを加えたので飲みやすいですよ」


「……どうも。……いただきます」


 ユノセルはお茶を飲み、リハルが再び椅子に腰掛けたところで尋ねた。


「では仕事の件はまた後日、ということですか? 」


「そうですね」


「それでメイシズ殿が予定している仕事には間に合うのですか?」


「ええ、大丈夫です。それであの、レイベルトさん。その『メイシズ殿』って呼び方やめませんか? 下の名前で『さん付け』でいいです」


「師匠が言っていました」


「え?なにを?」


「従うべき魔女を敬うようにと。それに相手が年上であれば尚更、軽々しい言葉遣いは控えるべきだと自分は思うので」


(へぇ……って⁉)


 相手が年上……まさかそれ……。


「あの、レイベルトさんって、おいくつ……なんですか?」

 

「自分は去年の暮れ、二十歳はたちになったばかりです」


 にっ……にじゅっさいなの⁉


 見えない!


 まさかの年下だったなんて!


 だって見た目はどう見ても………。あぁ、そうだった。


 見た目と実年齢に差があるのは私も同じ。


 受け入れるべきだわ。


 それにしたって、二十歳にしては落ち着きと風格があり過ぎよ!


 とはいえ、自分もこういうときに向けられる奇異な視線には嫌な思いをしている。


 だから自分も気をつけよう。


 リハルは気持ちを切り替えようと決め、ユノセルに言った。


「そうですか。でも私、たとえあなたより年上でも、やっぱり『殿』より『さん付け』がいいです。ぜんぜん軽々しくないと思いますよ? それに、じぃじなんて祖母のこと呼び捨てでしたから」


「じーじ?」


「……あ、『じぃじ』というのはダグラス様のことですけど。……私ね、孫のように可愛がってもらっていて。だからつい、昔からの呼び方の癖が抜けないんです。そりゃぁ、じぃじも騎士団長になったばかりの若い頃は、祖母のことを呼び捨てになんてしていなかったでしょうけど」


 けれどそれは長い時を得て、信頼し合える関係になり、互いの呼び方も変わっていったのではないかとリハルは思っている。


 ユノセルはしばらく考えているように見えたが、相変わらずの無表情で口を開いた。


「では……リハルさん、自分のことはレイベルトでもユノセルでも、呼び捨てで構いません」


 ひぇ!


 それ、怒ってるみたいな顔で言われても。


 だってさ、『見た目十五歳少女』が、『見た目年上にしか見えない、泣く子も黙る冷徹騎士団長』を呼び捨てるなんて。


 森の外でそんなふうに呼んでたらきっと目立つ。目立つのは嫌だ。


「……あの、呼び捨てはなんだか抵抗があるので。『ユノセルさん』と呼ばせてもらいますね」


「わかりました。美味しいお茶をご馳走さまでした。私はこれで戻ります。明後日のこと、師匠に伝えますので。───これはあちらに運びましょう」


 こう言いながら、ユノセルがティーカップを持って立ち上がったので、リハルは驚いた。


「いえ、あのっ。それは私が片付けますから。お客様にそんな……」


 リハルも立ち上がり後を追うが、歩幅が違うせいか、ユノセルの動作が速いのか、彼はあっという間にキッチンへ移動してしまう。


「そういえば、薬があるとか。それから師匠の鍵もまだ必要でしたね」


「あぁ、はい。そうです。用意するまで、もう少し待っててもらうことになりますから。また座って……」


 座っていてくださいと言おうとしたのだが。


「ではこれ、洗っておきます」


「えっ。そこまでしてもらうわけには……」


 ユノセルの予想外の行動に、リハルは慌てた。


「待っている間、なにか自分にできそうな仕事などあれば言ってください。この時期は〈護封儀ごふうぎ〉の準備のために使う道具の運び出しを手伝っていたと師匠が言ってました」


「じぃじがそんなことを?」


 メイシズ家の魔女が騎士団長を伴って行う仕事のいろいろを、まとめて〈護封儀〉と呼んでいる。


「はい。よければこの後、それを手伝わせてもらえますか? 自分はじっと待つのが苦手で、体を動かしてたほうが落ち着くので」


「それは……とても助かりますが……」


 道具の運び出しは魔力や術で運ぶやり方もあるが、そういうことに力を使う場合、薬晶作りやクリスタルの力を扱うやり方とは違い、魔力の加減等、慎重に行うこともあり結構疲れる。

 だから魔力も術も使わず、普通に運んだ方が良い場合もあるのだ。


 仕事護封儀の準備に使う道具には種類がいろいろあるのだが。今回使う道具は、大人の男性が抱え持つほどの大きさがある木箱に入っていて、二階の物置部屋に置いてある。箱は七箱あり、重さもある。

 それを二階から下ろし、館の裏庭まで運ぶという作業なのだが。


(とても助かるけど……)


 ダグラスの代理で来ただけなのに。しかも初めて訪ねて来たひとに肉体労働などさせてもいいのだろうかとリハルは悩む。


 鍵の契約もまだなのに。頭痛だってしているはずなのに。


「これを使って洗っていいですか?」


「え?」


 あれこれ考えていたリハルを見下ろしながら、ユノセルは食器洗いに使っているスポンジを見せて言った。


「ぁ……ぇっと」


 ユノセルには失礼かもしれないが、大きな手でティーカップを一握りしている様子に、もしもあのお気に入りのティーカップが割られてしまったらどうしようと心配になる。


「これではない?」


「いぇっ、それで………いいんですけど………」


 ユノセルは手慣れた手付きでササっと洗い終え、ティーカップは無事だった。


「すみません、洗ってもらって。ありがとうございます」


「では運び出しの指示を」


 青を氷で溶かしたような、そんな水色の瞳を、真っ直ぐリハルに向けながらユノセルは言った。


(冷たく感じる眼差しだ。でも……)


 その色の中には光を宿す晶石クリスタルのような美しさがあるとリハルは思った。


 「わかりました。じゃあ、作業をお願いします」


 リハルはユノセルを二階の物置部屋まで案内することにした。



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