第4話 期待 神side
あぁ、今回は“当たり”ですね。
田中湊。彼の魂は実に優れていました。
正義感が強く、行動力もある。だが何より――己の命を他者のために投げ出す覚悟を、心の奥底に宿していた。その証こそ、彼の死因となったあの行動。利害でも見返りでもなく、ただ誰かの命を救うために身体を投げ出した。その瞬間、私は彼を見初めたのです。
選定の理由としては、それだけでも十分でした。
けれど、彼を特別たらしめたのは“魂の質”です。強靭で、濁りがなく、まるで光の柱のようにまっすぐ。理不尽に屈せず、絶望に膝を折らず、なお前を向く力があった。
試しに、左腕を削いでみたのです。痛みという概念も曖昧な魂の存在に対して、試練として。普通の魂ならば、その時点で消滅していたでしょう。しかし、彼は持ちこたえた。ぐらつきながらも、自我を保ち、己を保ち続けた。
……あれは、私にとっても賭けでした。
ですが、万が一消えていたとしても、別の魂を探せば済む話。そう思えるのが、神という存在の冷酷さでもあります。惜しいと思えど、代替は効く――それが私の立場ですから。
とはいえ、そう言い切れるほど私は傲慢ではありません。
かつて、失敗した選定者たちがいました。
ある者は、力に溺れました。
民を救うと誓って眷属となり、与えられた力を誇示し始め、やがて己を「神より高き者」と称した男。その末路は――力に呑まれ、世界ごと灰に変えた消失でした。
またある者は、絶望に沈みました。
使命の重さに耐えられず、目の前の理不尽に心を折られ、最後は静かに命を手放した少女。彼女が去った後、世界は深い沈黙に包まれたまま再生の兆しすら見えません。
もっとも愚かだったのは、“選ばれた”という称号だけを誇った者です。
力の意味も、責任の重さも知らぬまま我欲に任せて振る舞い、世界に混乱と失望だけを遺して消えました。彼は最後、こう言い放ちました――「神に選ばれたんだ、好きにして何が悪い」と。
……そう、失敗は幾度もありました。私の選定は、決して
過去の失敗はさておき彼の話に戻りましょう。
彼が得た神継の力――その詳細は、まだ伏せておきましょう。
言葉にしてしまえば軽くなる。力とは、使われて初めて本質を露わにするものです。
ただ一つだけ言えるのは、その力は“器”を選ぶものであり、彼のように冷静で、他者に向ける想いを持つ者でなければ、いずれ破滅へと導かれていたということ。
神継がなくとも、彼の魂はすでに“人間”の枠を越え始めていました。
ここ、神界で、彼には百年を超える修行を課しました。肉体がないがゆえ、魂は濁りやすく壊れやすい。けれど彼は、何度も心を折られながら、そのたびに立ち上がった。哀しみを知り、怒りを超え、そして希望にたどり着いた。
今の彼は、もはや神の使いとしての器を備えている。そう断言できます。
そして今、彼は“最初の世界”へ向かいます。
彼にとって、これは最初の冒険です。最初の戦いです。だからこそ、肉体も慎重に調整しました。前世と乖離しすぎれば、魂との適合率が下がり、暴走や崩壊を招きかねない。
“中の上”――あえて、その程度にとどめました。それでも、凡百の命には負けない。必要ならば、それ以上にもなれる肉体です。
――さあ、旅立ちの時です。
これは、私の選定によって始まる“救済”の物語。
彼がどこまで進めるか、私にも分かりません。けれど、私は信じているのです。
田中湊――君が、“最初の世界”で何を得て、何を失い、そして、何を選ぶのかを。
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