いつも通り

「大河さん・・。これは大接近なのですわ。」

「あーあー、古坂、分かったって。それを言うのは何度目だ。」

「悔しくありませんの!? いなほちゃんが湊くんと一緒にいるのは。」

「そういうのに、悔しいもなにもないだろ。ほのかが一緒にいたい相手といるべきだ。」

俺、七木大河は、幼馴染のほのかを教室の窓からずっと見ていた。いつものように朝、ほのかを起こしに行こうかと思ったら、もう家を出たと。湊といっしょに学校へ向かったらしい。歩いていた俺を古坂が見つけて、俺もなぜか車に乗せられた。車窓からほのかと湊を見ていたわけだけど、まあ、楽しそうだったな。俺がいるのはおせっかいだったか?

色々と考えているうちに、あっという間にチャイムが鳴り始める。やべ、席に着かなきゃと思ったその時。いつものあの鈴の音が鳴り響く。窓には木に登ったほのかの姿が見えた。


「たーいが。」

ほのかはいつもと変わらない表情で窓をトントンと叩く。

「開けてくれる?」

俺は、やれやれとため息をつきながら窓を開ける。


ほのかは、ひょいっと窓から教室に入ると、ありがと!と言い残して、いつものように席へ向かう。ほのかにとっては、いつものこと、なんだな。


いつも通りじゃないのは、俺だ。

十蟹先生の会話も全く耳に入らず、耳に入ったのは小鳥のさえずりだけ。授業中なのに、ぼんやりとしていて、座席が隣の古坂に何度名前を呼ばれたことか。そして、あっという間にお昼休憩に入る。いつもだとほのかと、ほのかにくっついてる古坂と、俺の三人で、屋上へ向かう階段でお昼を食べるのが日課になっている。


今日は、他の場所にしたほうがいいのか・・?

俺は校舎のあちこちをふらふらと歩く。気づいたら、図書室に来ていた。俺が図書室に来るなんて、らしくない。この間みたいな出来事がなければ、来ないと思っていた。


「力があれば、いいのにな。」


何かにすがりたい思いでつぶやいた。でも、この気持ちばかりは力でなんとかなるものじゃ、ないよなあ。


本棚に手を伸ばすと、「星座の神話・伝説」と大きな文字で書かれた本に触れた。


「そういえば、湊やほのかも十蟹先生も星座にまつわる能力なんだっけ?」


俺は本をめくってみる。星座のことはよく分からないが、湊の能力がうお座の神話に出てくるアフロディーテとエロスから来ているというのは、なんとなく分かった。十蟹先生のかに座の能力も神話に出てくる蟹が親友を守ろうとした行動から、おとめ座は直接的なものではないが、大地を司る女神から来ているものだな。俺にも能力があれば、学校でなにかあった時、ほのかを守れるのだろうか。


図書室の壁にあるステンドグラスが太陽の光で眩しく反射する。

「うわ、まぶしっ!・・・でもこれで我に返った気がする。」

俺が文学部の校舎に戻ろうとすると、俺を呼び止める声がする。

「大河? 大河がここにいるなんて珍しいね! 調べ物?」


湊だ。今、距離を置きたい相手。

「あ、ああ。午前の授業、ボーッとしていてよく分からなくてさ。」

「そっか。稲荷さんは、大丈夫だった?鈴原先輩に捕まってなかった?」

「ああ。ほのかは、いつも通りだったよ。」


湊にほのかのことを聞かれると、複雑というか、なかなか慣れない。今まで聞かれることがなかったから。なんとなく、その場から逃げ出したくなって。提出物なんてないけれど・・。

「俺、出さなきゃいけないプリントあったんだ!それじゃ!」

とその場しのぎの嘘をついて文学部の校舎へ走り出した。

・・・なにやってんだか。


図書室から距離が離れたので走るのをやめて歩き出した時。

「あっ! 大河!!いた!! もー、どこ行ってたの!?」

「大河さん、ちゃんとお昼はいただきましたの?心配したんですから。」


ほのかと古坂が目の前に立っていた。

「あ、えーっと、調べ物してた!」

「え?大河が調べ物?すごく気になることがあったんだね!」

ほのかはいつも通りだ。俺はいつも嘘をつかないのに嘘をついている。古坂は俺を見るなり申し訳無さそうな顔をしている。


「大河さん、ごめんなさい。朝から言い過ぎましたわ。鈴原先輩にもこれはスクープじゃないわ!と怒られまして、謝ってきましたの。私が熱くなりすぎてしまいましたわ。ごめんなさい。」


古坂が謝ってくるなんて、相当本人は反省してるんだな。でも、悪いことをしているわけじゃないんだよな。誰かが誰かを好きになったら、騒ぎたくなるお年頃なんだもんな。俺たちは。


「いや、気にしなくていい。俺もらしくなかった。ごめんな。」

「もう、二人してなにを謝ってるの?」

「あ・・あの。いなほちゃん。私たち、湊くんといなほちゃんが一緒に登校しているのを見て、てっきりお付き合いされているのかと!」

「いやいや違うよお。湊くんが朝、家まで来てくれたから、その流れで一緒に登校しただけだって。お付き合いとかじゃないから。」


え・・? 朝、湊がほのかの家まで来たのか?湊はほのかのことをどう思っているんだ・・?


「そ、そっかあ。そういうことだったのかー。」

「大河の棒読み!!」

ほのかは、ぷくーっと頬を膨らませる。そんなほのかの頭を俺は撫でていた。

「そんなだから子供っぽく見えるんだぞ。」

「私だって中学生だもん!子供じゃないもん!」


子供なのは俺の方だよなと思いながら。お互いこれから先、大人になっていく。背も伸びてきたし、兄貴がいるから分かるけれど、これから声も低くなっていくだろう。いつもの日常なんて少しずつ変わっていくものだ。それでも、変わってほしくない。と思うのはわがままだな。

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