6-3 タイムリープの継承者

誰もいない静寂の中、リョウは保健室の前で立ち尽くしていた。


握りしめたポケットの中——そこには、あのペンダントがある。

教室を飛び出してから、ずっと心臓の鼓動と同じリズムで、それは手のひらを打ち続けていた。


(あの映像……声……)


夢ではない。

けれど現実とも違う。

時間の奥底から湧き上がる、記憶の“残穢”——


何かが、確実に自分に干渉していた。


カチャン、と静かに扉の音がした。

保健室のドアがわずかに開き、中からコーヒーの香りが漂ってきた。

現れたのは、白衣を羽織った男。整った髪に、細い目の奥が微かに揺れている。


「……君は、久我くんだね」


不意に声をかけられ、リョウは顔を上げる。

その表情は読めない。ただ、どこか懐かしささえ感じるような、優しい気配だった。


斎賀は、一歩近づくと、ふと目を細めて言った。


「違う時間から来た匂いがする」


「え……?」


驚いて言葉を失うリョウ。

けれど、気づけば無意識にポケットからペンダントを取り出していた。


「これ……自分のじゃないと思うんです。

でも……あの、渡した気がするんです。誰かに——ユイさんに」


斎賀は何も言わず、それを見つめていた。

数秒の沈黙のあと、彼は軽く手で保健室の中を示した。


「中、入って。……椅子、空いてるから」


促されるままに中へ入ると、空気はどこかひんやりとしていた。


リョウが椅子に座ると、斎賀は近くの机に腰かけ、静かに話し始めた。


促されるまま、リョウは保健室に足を踏み入れる。

窓から差す光が淡く、空気はどこか静謐で、時間の流れすら鈍っているようだった。


椅子に腰かけると、斎賀は机に座り、コーヒーを手にしながら問いかけてきた。


「久我くんは、“魂の存在”を信じられるかい?」


「魂……ですか?」


戸惑いながらも、リョウは口を開く。


「正直、信じてませんでした。……でも、今の自分なら、きっと認められます」


その答えに、斎賀はふっと柔らかく笑った。


「魂ってね、“重なる”ことがあるんだよ。

強い想いが、時間も、形も越えて、誰かの記憶に染み込んでいく」


「たとえ、それが“未来に届かない願い”だったとしても——ね」


リョウは黙ったまま、手の中のペンダントを見つめる。


「それは“想いの器”だ。

君が、彼女を“守りたい”って心から願ったとき——

君の魂が、彼女の呪いと共鳴したんだ」


「だから、宿ったんだよ。……時間を越える力が」


静寂が、再びふたりのあいだを包む。


「継承者、って言えば伝わるかな」


斎賀の声は淡々としていたが、その語尾には確かな重さがあった。


「彼女ひとりじゃ、もう支えきれなかった。

だから、君と“重なった”んだよ」


リョウは目を伏せ、自分の中にある何かを確認するようにペンダントを握りしめた。


(僕が……継いだ……?)


「……でも、先生は……どうして、それを知ってるんですか」


問いかけるリョウに、斎賀は小さく息をつきながら、カップに手を添えた。


「……俺には、“視える”んだ」


「魂の形。記憶の歪み。残った思念の残滓。

生徒の悩みを聞きながら、同時に……魂の色や揺れを、感じ取ってる」


マグカップを口元に運ぶが、すぐには飲まず、遠くを見つめるように言葉を続けた。


「第六感、って言えば簡単だけどね。

昔から、人よりちょっとだけ“目に見えないもの”が分かってしまう体質だったんだ」


「……だから俺は、見送る側にいるって決めた。

時間を越えてまで“願い”に縋る者たちを、ね」


一口だけコーヒーを飲んだあと、斎賀は小さく微笑んだ。

その表情には、長く抱えてきた想いの苦さと、どこかやさしい憧れが滲んでいた。


「でも——君が“誰かを守りたい”って、本気で思ってるなら」


「もう、止める理由はないよ」


リョウは、ゆっくりと立ち上がった。

ペンダントを強く握りしめながら、深く頭を下げる。


「僕……ユイさんが、また崩れてしまうのを見たくないんです」

「僕が、守りたいんです。あの人を」


その声は静かだったが、迷いはなかった。


斎賀は頷き、わずかに目元を和らげる。


「その気持ちが、“鍵”を動かすんだ」


「……でも、気をつけて。

魂を重ねるってのは、簡単なことじゃない。

代わりに、何かを失うこともあるから」


そのとき——


リョウの手の中、ペンダントがほんのりと光を灯した。


まるでその覚悟に、応えるように。

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