6-4 この手じゃ、守れない
終業式を終えた教室には、安堵のような空気が流れていた。
ざわつきは次第に収まり、誰もが夏休みへの期待を胸に、笑い合いながら荷物をまとめている。
「午後、部室集合な!」「あ、弓持ってくの忘れんなよ!」
ケイタの元気な声が響く。
リョウもまた、エミリやケイタと連れ立って、弓道部へ向かうところだった。
……けれど、その足がふと止まる。
教室の後方。窓際に、ひとり佇むユイの姿があった。
鞄に手を添えたまま、まるで時間が止まったように動かない。
じっと、窓の外を見つめている。瞬きさえ、忘れてしまったかのように。
その瞳から、ひとすじの涙が、ぽろりと零れた。
誰にも気づかれないように。音もなく、そっと。
涙は頬を伝い、制服の胸元に染みこんでいく。
それでも、ユイは動かなかった。
(……戻ってきたのに、なにも変えられない……
また、全部……壊してしまったのに……)
心の奥から溢れるその想いは、言葉にはならない。
代わりに、ゆっくりと鞄の蓋を閉じた。
その手の動きも、どこかぎこちなくて、生気のない人形のようだった。
「……ユイ?」
振り返ったエミリが、異変に気づく。
ケイタに「先行ってて!」と告げると、小走りでユイのもとへ駆け戻った。
「どうしたの? ほんとに、大丈夫……?」
その声に、ユイは微かに顔を向けた。
けれど、口元だけがかすかに動くだけで、笑顔にはならなかった。
そして、小さく呟く。
「うん。……もう、全部壊れちゃったから」
その目は、エミリを見ていない。
どこか遠く、誰もいない場所を見ているような、虚無の色を湛えていた。
思わず、エミリは言葉を失う。
ユイは制服の襟元に手を入れ、胸元のペンダントをそっと取り出す。
銀色のチェーンの先に揺れるそれは、ただのガラスのように冷たく、光も放っていなかった。
指で触れても、何の熱もない。
何も、返ってこない。
(……これも、終わったんだよね
私が壊しちゃった。……全部)
ぎゅっと握った手が、小さく震える。
そのとき——
教室の外、廊下の向こうから見えるガラス窓越しに、リョウがふと足を止めた。
教室の中。エミリの肩に、力なくもたれかかるユイの姿が見えた。
……その身体は、まるで崩れ落ちる寸前の硝子のように、頼りなかった。
(……あの人が、壊れてしまいそうだった)
(僕が、見てるだけでいいわけないだろ)
ペンダントの“重さ”が、ポケットの中で、静かに鼓動するように感じた。
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