6-2 君は、夏をフラッシュバックする

ガラリ、と教室の引き戸を開けた瞬間、

モワッとした熱気と、喧騒が押し寄せた。


「なー明日から夏休みだぞー!早よ終われー!」

「午後の部活、地獄確定だわ……」

「今日カラオケ行こーぜ、何人かで!」


午前中の授業が終わったばかりの教室は、すっかり夏休みムードに包まれていた。


「……ユイ、また黙ってるね。最近、ずっとあんな感じ」

エミリの小さな声が聞こえた。心配そうな口調。


「ちょっと声かけてみっか……って、タイミングむずくね?」

ケイタが苦笑交じりに返す。

「放っとくのも気になるけど、無理やり引っ張るのも違うし……」


教室の片隅。

ユイは黙ってプリントを眺めていた。

会話にも加わらず、表情も硬い。まるで、ここだけ季節が違うかのように見える。


(……ユイさん)


リョウは何気なく黒板に目を向けた。


「……19日?」


日付は、7月19日(金)と記されている。


(いや……それ、文化祭前の……はず)

(俺が居たのは、9月…だったよな)


背筋に冷たい汗が伝う。

こめかみの奥がじんわりと痛む。

頭が、ぐらりと揺れるような感覚。


(時間が……戻ってる?)


理由のない不安が、喉元までせり上がる。


ユイに視線を戻す。

彼女はこちらを見ようとしない。気づいていないわけじゃない。

ただ、まるで“視線を避けている”ようだった。


声をかけようかと迷って、やめた。

その判断に、なぜか自分の中で強くざわついた。


リョウは席へ向かい、机に腰をかける。

その瞬間——


ポケットから、コトリと何かが落ちた。


「……っ」


小さなペンダントだった。

銀色のチェーン。中心には、ハートと弓矢のモチーフ。


(……これ、見たことある)


視界がわずかに揺れ、記憶の奥底から断片が浮かぶ。


——夜の遊園地。

——土産売り場。

——ネックレスを見つめていたユイ。

——それを、自分が手に取った。

——そして——


「……っ……!」


息が止まる。

フラッシュのように、別の記憶が押し寄せた。


——血に濡れたペンダント。

——崩れ落ちるユイ。

——呼びかける声。腕の痛み。涙。


(これ……なんで、俺が持ってる……?)

(いや……もしかして、俺……あの時……)


思考がまとまらない。

耳鳴りのように、周囲の笑い声が遠のいていく。


ペンダントをそっと拾い上げ、手のひらで強く握りしめた。


(少し……静かな場所に、行こう)


教室の喧騒から逃げるように、リョウは立ち上がった。


視線の先には、廊下の突き当たり——

保健室の扉が、微かに光を反射していた。

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