5-12 新たな世界戦へ少女は逃げる

静寂が、張り詰めていた空気を切り裂いた。


ユイは、リョウの腕の中でわずかに震えながら、ゆっくりと自分の手元へ視線を落とした。


カッター。

返り血。

リョウの負傷した腕。

サヤカの悲鳴。

自分の手が——動いた。


(これ、わたしが……?)


指先が震える。

体が強張る。胸が締めつけられる。


「……やだ……やだ、やだ、やだ……っ!」


肩を震わせ、歯を噛みしめる。


そして——


「いやあああああああああぁぁぁぁっ!!!!」


叫びが、破裂するように空間に響いた。


そのまま、リョウの腕を振りほどき、ふらつく足で立ち上がる。

誰かの声が聞こえる。けれどもう、何も聞こえたくなかった。


——走れ。


教室へ続く廊下。

天井の蛍光灯が、一つひとつ流れるように過ぎていく。


視界は滲み、音は反響する。

足音だけが、現実を繋ぎ止めていた。


(こわい……わたし、なにしたの……)


(もう、戻れない……)


ペンダントが、胸元で重く揺れる。



階段の踊り場へ差し掛かった瞬間——


足がもつれる。

重心が崩れ、身体が傾く。


「っ——」


踏み外す感覚。視界が回転する。


(全て終わった……)


そのとき。


ペンダントが閃光を放つ。


全ての音が、止まる。

落下の衝撃は、どこにもなかった。


ただ、光。

世界が、白に染まる。



白の中、ユイは浮かんでいた。


何もない。何も感じない。

ただ、胸元のペンダントだけが、意思を持つように輝いていた。


(また……戻るのか)

(また、やり直すのか)


そのとき——


遠くから、微かに誰かの声が届いた。


「……ユイさん……!」


(——リョウくん……?)


その声に振り返ることもできず、

ユイの意識は光の中へ、音もなく沈んでいった。



光が、はじけるように消える。


そして——

新たな世界が、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る