5-7 他の子を見ないで
「はーい注目!こっちの確認終わったら——次はオペレーションのチェックに入りまーす!」
教室の前方で、学級委員長が声を張って指示を出していた。文化祭まで残すところ数日。
装飾や備品の準備、パネルの確認などで、教室は騒がしくも活気に満ちていた。
けれどその熱気とは裏腹に、ユイの心は静かに沈んでいく。
手に持った掲示物が微かに震える。まるで熱があるかのように身体がだるく、ここ数日ずっと調子が悪かった。
「ユイさん、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのはリョウだった。クラスメイトに囲まれていたはずなのに、いつの間にかそばに来ていた。
「えっ、あ、うん。平気、だよ」
笑って返すユイ。しかし、その顔色は悪い。
「……ほんとに?」
リョウはユイの顔をじっと見つめたあと、少し苦笑する。
「無理してるように見えたから、つい」
そのまま、優しく手を取った。
「ちょっとだけ外、行きましょうか。空気、入れ替えると少し楽になるよ」
「えっ、でも、まだ準備が……」
「大丈夫。僕が説明しておきますから」
その言葉に、ユイは抵抗できなかった。
リョウの手はあたたかくて、気持ちがほどけていくのを感じた。
⸻
風が吹き抜ける、静かな弓道場。人の気配はなく、どこか優しい空気が漂っていた。
「ここなら、クラスからも離れらるよ。少し、休すみましょうか」
床に座り込んだユイは、ようやく緊張が解けたのか、大きく息を吐く。
「……ありがとう。でも、ちょっとだけでいいから。すぐ戻るつもりだから」
ユイは、少し照れたように笑った。
しばらく沈黙が続く。風が、木の葉を揺らす音だけが耳に届く。
「……わたし…リョウくんが、遠くなるのが怖いんだ」
ぽつりと、ユイが呟いた。
「え……?」
「最近、瀬戸……さん?とよく話してるでしょ。きっと偶然だし、悪いことしてるわけじゃないってわかってる。
でも、なんか……私だけ、取り残される気がして」
リョウは驚いたように一瞬目を見開いたあと、ゆっくりと言葉を選ぶように答えた。
「……そうだったんだ。ごめん、全然気づけてなかった」
声はいつもより低く、柔らかかった。
「ユイさんがそんなふうに思ってたなんて……もっとちゃんと話しておけばよかったですね」
そう言いながら、リョウはそっとユイの肩に手を回し、優しく抱き寄せた。
「無理は、しないでください。……僕の目には、ちゃんと映ってますから。ユイさんのこと」
驚いたように目を開いたユイは、何も言わずにリョウの胸に顔を預けた。
胸の奥にたまっていた不安が、少しだけ和らいでいき、自然と涙がこぼれ落ちる。
「…ユ、ユイさん?そんなに心配にさせちゃってた?ごめんね!」
慌てるリョウはユイの顔を覗き込む。しかし、ユイは顔を上げない。今見られたら、止まらなくなりそうだから。
リョウは静かにユイを抱きしめた。
そっと髪を撫でながら「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いてから…一緒に戻ろう」
ユイの心の淀みが少し晴れていく様な、心地よい時間だった。
——しかし、そんなふたりの姿を校舎の陰から誰かが見ていた。
白い壁の角、薄く開いた窓の奥から、"瀬戸サヤカ"が無言で見つめている。
「……リョウ、くん……」
誰にも聞こえないほど小さな声とともに、サヤカはぎゅっと拳を握りしめた。
爪が手のひらに食い込むほどに、強く。
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