5-8 やめて、やめて、やめて

放課後の空気はどこか騒がしく、それでいて静かだった。

文化祭準備の終わり。ユイは余った備品を抱えて、誰も通らない体育館裏へ向かっていた。

段ボールの中には、布、ガムテープ、そして一本のカッター。


その時だった。

ふと前方、植え込みの陰から、声が漏れ聞こえた。


「……好きなの……。ほんとに、好きなの……」


耳に焼きつくような声だった。聞き覚えのある、それでいて聞きたくなかった声。

サヤカ。

その目の前には、リョウがいた。


「……っ」


言葉にならない衝動が、喉の奥をせり上がる。

次の瞬間、サヤカがリョウの胸にすがるように泣きながら抱きついた。


その光景が、ユイの視界に焼きついたまま、世界が止まった。


(なんで……なんで……?)


“ぎゅっ”という音が聞こえたような錯覚。リョウの腕が見えない。拒んでいるかどうかすらもわからない。

ただ、サヤカの細い背中と、その肩を受け止めているように見えるリョウの姿だけが、残像のように何度も再生される。


(どうして、瀬戸さんが…リョウくんに)


足元がふらついた。視界がじわじわと赤黒く染まっていく。音が遠のく。


(どうして……どうして、私じゃないの……?)

(なんでまた……なんで……リョウくんが……とられちゃう……!?)


「……やだ……やだやだやだやだやだ……!!」


胸元のペンダントが、ギィィ……と軋むような熱を帯び始めた。

赤黒く光り、ユイの鼓動と同じリズムで脈打っている。


"ドクン、ドクン、ドクン——"



その脈動は、もはや生きているかのようだった。


「返して……返してよ……」


その言葉も、涙も、怒りも、全部サヤカに向けられていた。


(おかしいよ……やっぱりこの子。前はこんなふうにリョウくんに近づいてくる人いなかった)

(なのに、なんで今は……?)


胸の奥からせり上がるのは、憎しみとも恐怖ともつかない、真っ黒なものだった。


(違う……この子が、世界を壊してる……)

(この子が、“私たちの未来”を壊してる……)


ペンダントが再び脈打つたびに、頭の奥がじんじんと痛んだ。

ユイの瞳が赤く染まるかのように、サヤカの姿だけが焼きついて離れなかった。


どこかで、リョウの声が聞こえた気がした。けれどもう、ユイには届かなかった。


(異物だ――)


ペンダントが再び赤く明滅する。

その熱は皮膚を焼き、喉を塞ぎ、胸の奥の“なにか”を目覚めさせていた。


——それでも、ユイは気づかない。

リョウがサヤカの気持ちを拒絶し、静かに立ち去っていたことに。

「……ごめん。その気持ちには……応えられない」

リョウはサヤカの手をそっと離して、頭を下げながらその場を離れた。

 残されたサヤカは、ぽつんとその場に立ち尽くしていた。

そして次第に、両手で顔を覆い、しゃくり上げるように泣き出した。

 

 ――だが

ユイの中では、“リョウくんが抱きしめられていた”その瞬間だけが、全てだった。

 

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