5-5 新学期、突然の嵐が吹く


夏休みが明け、新学期。

その朝、ホームルームの空気はどこか騒がしかった。


「今日からこのクラスに転入してきました、瀬戸サヤカです。よろしくお願いします」


教壇の前で一礼する少女は、どこか舞台の上に立つ女優のようだった。

きっちり整えられた制服、ゆるく巻かれたセミロングの髪、

そしてよく通る声と、誰にでも届くような笑顔。


ひとこと話しただけで、空気が変わった。


「かわいくない?」「え、モデル?」「オーラやば……」

「席どこになるんだろうな?」「マジかよ……!」


ざわつく教室の中で、担任が淡々と席を指示した。


「じゃあ、瀬戸の席は……久我の隣な。よろしくな」


「はい…瀬戸さん、よろしくね」


リョウが落ち着いた声でそう返すと、サヤカは一歩近づいて――


「リョウくん、よろしくね」

と、にこっと微笑んだ。


その一言に、ユイの心がざわついた。

“リョウくん”――

初対面の相手に対する、あまりに自然すぎる距離の詰め方。


(どうして……下の名前で……?)


彼女は他の生徒には「○○さん」と苗字で話しているのに、

リョウだけが、まるで昔からの友人かのような口ぶりだった。


午前中の授業が終わる頃には、もう彼女の周りには数人の女子が集まっていた。

明るく、よく通る声で話すサヤカ。

ちょっとした話題にも笑いを生み出し、誰にでも話しかけ、気づけばすっかり輪の中心になっていた。


「ねぇねぇ、ここの購買ってどんな感じ?」

「放課後って制服で寄り道してもいいの?」

「文化祭って何やるの?私喫茶店やりたいな」


そんな調子で、たった半日でクラスに馴染んでいく様子は、ある種の“才能”すら感じさせた。


一方で、ことあるごとに彼女は、リョウに話しかけていた。


「リョウくんって、習い事とかしてた? 背筋まっすぐだよね。腕の筋肉もすごーい!」

「そうだ、放課後って委員の仕事ある? 手伝えることあるなら言って?」


リョウは、あくまで落ち着いた態度で対応していた。

無愛想ではないが、愛想笑いでもない。

けれど、それでも――

ユイの胸には、じんわりと冷たい波が押し寄せてくる。


(リョウくんが……遠くに行っちゃうみたい……)


ふと、サヤカがこちらを振り返った。

視線が合った瞬間、口元に柔らかな笑み。


敵意も、挑発もない。ただの“挨拶のような笑顔”。

けれど――その瞳の奥に、何かが沈んでいる気がした。


(やっぱり……この子、普通じゃない)


ユイは目をそらし、静かに席を立った。

胸元のペンダントが、かすかに揺れて赤黒い光を帯びる。

その異変に、ユイ自身も気付いていなかった。

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