5-2 テーマパーク、既視感の再来


「あーっ、やっぱこれつけちゃう?」「わたし、こっちのうさ耳にする!」


夏休みの陽射しがまぶしい午後、コズミックランドの入り口近く。

観光客と学生たちで賑わうカチューシャ売り場で、ユイたちはキャッキャと騒ぐエミリとケイタを見守っていた。


――この世界でもコズミックランドに行く話が持ち上がった。今回はリョウも「僕も行ってみたいです」と自分から話題に乗ってくれたのだ。


「これ似合うじゃね?」


ケイタがにやっと笑い、猫耳のカチューシャをユイの頭にぽんと乗せた。

ユイは思わず目を見開く。


「ちょ、なにそれ! ケイタ!」


「いや、けっこうイケてるって。ほんとだって」


エミリがスマホを構えながら笑い声をあげる。


「ユイって意外とこういうの似合うよね。リョウくんもそう思わない?」


不意に名前を振られたリョウは少し戸惑いながらも、視線をそらして答えた。


「……かわいい、と思う」


ユイの顔がぱっと赤くなる。


「な…! リョウくんまで!もう……」


そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいた。



午前中のアトラクションをいくつか回ったあと、パーク中央のベンチで一息ついた。

エミリがマップを見ながら元気よく声を上げる。


「コーヒーカップあるよ! あれ乗ろうよ!」


ケイタは「マジかよ、まーたぐるぐる系か……」とやや引き気味。

ユイの視線は無意識に、すぐ横のリョウへ向かっていた。


(……リョウくん、あれ苦手なんだよね)


前の世界での記憶が、ふとよぎる。


声をかけるより先に、リョウがそっと口を開いた。


「……たぶん、酔っちゃうかもしれない。けど、乗ってみよう…かな」


ユイは驚いて、リョウの顔を見る。


「……え?」


「今日はなんか、うまくいってる気がしてて。せっかくだし、一緒に楽しみたいなって」


彼の素直な笑みに、ユイは胸がきゅっとなった。


「……うん。そしたら、私がちゃんと支えるから」


「ありがとう。助ります」


 ――案の定、リョウは乗り終えたあとベンチでぐったりしていた。

うつむくリョウに、ユイは笑いながらペットボトルの水を差し出す。


「だから言ったのに〜」


「……なかなかハードでした。でも、一緒に乗れて楽しかった」


その一言に、ユイは少し驚いて、でも嬉しそうに笑った。



 ▽


日が傾きはじめた頃、お土産コーナーの一角。

並べられたキーホルダーやアクセサリーの中に、ユイは目を奪われた。


(……あった)


それは、小さなアローモチーフのペンダント。

この場所、この光景。――まるで、過去の記憶が現実と重なっているようだった。


ユイの胸元には、すでに“あの日”にもらったそれと同じペンダントがかかっている。

けれどこの世界線では、まだそれは起きていないはずなのに。


「これ……ユイさんのと同じだよね? もう持ってたんですか?」


隣から、リョウが不思議そうに声をかける。


ユイは一瞬だけ迷い、次の瞬間には軽い声で笑っていた。


「いや、なんか持ってる物と似てるなぁーって思ってさ。

 ……次、あっちのぬいぐるみ見よ?」


「あ……うん」


リョウは深く追及せず、ユイの後に続く。


ほんの一瞬だけ――

リョウの目が、なにか思い出しそうに揺れていた。


でも、それが確かなものになる前に、風景は切り替わっていった。



帰りの電車。

ユイは座席に腰掛けたまま、うとうとしていた。

少しずつ頭が傾いていき――気づけば、リョウの肩にもたれかかっていた。


リョウは驚いたように一瞬身を強ばらせたが、すぐに力を抜いた。

見下ろせば、まつ毛を伏せて静かに眠るユイの横顔。

その呼吸は穏やかで、どこか懐かしい。


(……この感じ、前にも……)


肩に伝わる重み。温もり。

電車の揺れと、誰かが寄りかかってくる感覚――


(満員電車の中で、誰かを庇ったことがあるような……)

そのときも、たしかにこの“重さ”があった気がする。


けれど、それがいつの記憶なのかは思い出せなかった。

リョウは静かに目を伏せ、小さく息を吐いた。


「……なんか、懐かしいな」


ユイの頭がもたれたまま、彼は動かなかった。

揺れる車内で、ふたりの影だけが静かに寄り添っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る