3-3 静かなノイズ


「……なんか、変」


ユイは洗面所の鏡に映る自分をじっと見つめていた。

濡れたタオルで汗を拭いたあと、ふと視線が留まった。


目の奥――そこに、うっすらと違和感があった。


(こんな顔……だったっけ)


化粧もしていない。

髪型だって、高校のときと同じストレート。

それなのに、鏡の中の自分の輪郭が、一瞬だけ“揺れた”。


わずかに揺れるノイズのように、25歳の自分の表情が重なって見えた気がした。


疲れたような目。大人びたまぶた。

でも次の瞬間には、また高校生の顔がそこに戻っている。


(……気のせい?)


けれど、その瞬間に心拍がわずかに跳ねたことを、ユイは確かに感じていた。


タオルを置いて背筋を伸ばすと、制服の胸元でペンダントが小さく揺れた。


そのときだった。


じんわりと、熱い。


「……え?」


ペンダントにふれた指先に、かすかな熱が伝わる。

でも、金属が日差しで温まったような熱ではない。

内側から――身体の奥にじわりと広がってくるような、不自然な熱。


その熱は、ほんの数秒後、倦怠感のようなものに変わっていた。


(なんか……力、抜ける)


立っているはずの足が、微かに重く感じる。

まるで何かに気力を吸い取られていくような――そんな、理由のない疲労。


「……やっぱり、変」


ユイは小さく息を吐いた。


これは体調の問題じゃない。気のせいとも思えない。

でも“何が”起きているのかは、まだわからない。


きらめき。熱。倦怠。

それがペンダントから伝わってくるたびに、

ユイは自分の輪郭が、少しずつ曖昧になっていく気がした。



鏡に映るのは、自分。

でもその奥にいる“誰か”が、少しずつ違う顔をしていた。

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