1-5 文化祭、苦い告白
文化祭の後の校舎は、人の喧騒が嘘みたいに静まり返っている。
クラス打ち上げが終わり、余韻に包まれながら帰る生徒たちの背中が、次々に校門の向こうへ消えていく。
ユイは、まだ残っていた。
「……あ、リョウくん」
自動販売機の前で立ち止まっていた彼の姿を見つけ、思わず声をかけていた。
「ユイさんも、まだいたんですね」
「うん……ちょっとだけ、まだ帰りたくなくて」
ふたりで並んで歩く校舎裏の道。
屋上へつづく階段の影、葉の擦れる音、微かに残る金木犀の香り。
空はすっかり暗くなって、星がぽつりぽつりと瞬いている。
誰もいないその空間に、ユイの心臓の音だけが大きく響いていた。
「あのね、リョウくん……」
立ち止まって、ユイは顔を上げる。
口を開きかけて、やめて、もう一度呼吸を整えて――
「私……リョウくんのこと、好きです」
言った瞬間、胸がじんと熱くなった。怖さもあったけど、それ以上に「今、伝えたい」という気持ちが勝っていた。
リョウの目が、見開かれる。
明らかに動揺して、少し口を開いては閉じ、言葉を探している。
耳が赤くなっていくのが、薄暗がりでもわかった。
「……え、あ、……ユイさん……」
言葉が続かない。
気まずい沈黙が流れるなかで、彼は視線をさまよわせ、ぎこちなく笑おうとした。
「……ごめんなさい、ちょっと……びっくりしてしまって」
ユイは黙って頷いた。
彼が、どういう言葉を選ぼうとしているか、なんとなく察していた。
リョウは一歩だけ後ろに下がって、深く息をついた。
「ユイさんのこと、大事に思ってます。ほんとうに……そう思ってます」
「……うん」
「でも、今の自分じゃ……受験のことで手いっぱいで。ちゃんと向き合える自信がないんです。だから――ごめんなさい」
その言葉の重さが、夜の空気の中で静かに沈んでいく。
風が吹いた。落ち葉が舞って、ふたりの間に落ちた。
「……そっか。そっかぁ……」
ユイは笑った。作り慣れていない、精一杯の笑顔。
「大丈夫。……言えてよかったから」
リョウはまた、何か言いかけて、でもやめた。
そのまま、気まずいままのふたりの距離が、そっと静かに遠ざかっていった。
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