1-4 触れる肩、揺れる想い


夕暮れが、車窓の向こうにゆっくりと沈んでいく。

帰りの電車は観光帰りの客や通勤ラッシュが入り混じり、車内は少し騒がしかった。


ユイは吊り革につかまりながら、さりげなく隣にいるリョウの肩をちらりと見る。

彼は少し背筋を伸ばし、吊り革に手をかけている。


その表情は真面目で、少しだけぎこちない。


――さっき、ペンダントをもらったときの、あの言葉と仕草が、まだ胸に残っている。


(あんなの、ずるいよ)


思い出すたびに心臓が跳ねる。でもそれと同時に、不安も一緒に押し寄せてくる。


電車が急に揺れ、ユイは軽くバランスを崩した。その瞬間、リョウの手がそっとユイの肩を支える。


「あ、ごめんね……大丈夫ですか?」


「う、うん。ありがとう……!」


その一瞬の触れ合いが、火種のように体温を跳ね上げる。

手を引っ込めたリョウは、少し恥ずかしそうに目を逸らした。


(こんな時間、ずっと続けばいいのに)


でも、頭の片隅では分かっている。

こんな風に優しくされればされるほど――この関係を壊すのが怖くなる。


「……ねえ、リョウくんってさ」

 

思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚く。

(何を言おうとしてるの、私……)


「……うん?」


リョウがこちらを見て、小さく首を傾げる。




「……優しいよね、いつも」


それだけを言って、視線を落とした。

本当は、もっと言いたいことがあったのに。

“好きだよ”の一歩手前で、喉がつまった。


「そ、そんなこと……ないです。俺、人見知りだし、気も利かないし……」


言葉とは裏腹に、リョウの耳がほんのり赤くなっていく。

それを見た瞬間、ユイの中で何かが溢れそうになった。


でも――駅の到着アナウンスがそれをかき消す。


「あ……ここ、私たちの降りる駅」


「はい……」


扉が開いて、乗客がどっと流れ出す中、ユイとリョウも一歩ずつ降りていく。


(伝えたい。でも、怖い。いま言ったら、何かが壊れてしまいそうで――)


出口に向かう足取りは重く、胸の中には言いかけた想いだけが残った。



ほんの少しの勇気が出なかった、夏の夕暮れ。

ユイはまだ、“あの日の痛み”を知らなかった。

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