第6話 【人間使い】はお姉ちゃんと呼ばせたい
「お・ね・え・ちゃ・ん」
「ばけもの……」
「お・ね・え・ちゃ・ん!」
「ばけものぉ……っ!」
「泣いちゃった」
ひぐ、ぇぐ、ぅう……そういった可愛らしい泣き声が、子供部屋に響いた。
指揮官ちゃん、もとい
金髪ふわふわヘアの十歳くらいの女の子が、ひぐひぐ泣いちゃう。
元成人男性なのに。
可愛いね。
「だいじょうぶ。怖くない。怖くないよぉ」
「ひぅ゛っ」
ぎゅっと抱きしめた。
7つ。
それが、この部屋に仕掛けられた監視カメラの数である。
子供が好みそうな、少し古びた感じがするぬいぐるみに1つ。
棚の上の手の届かない場所に1つ。
あとはコンセントや照明、ベッドの飾りや勉強机の引き出しの鍵穴など。それらはかなり手慣れた配置をされており、
ここは高階早人の家であり、俺たちが住むことになった家。
そこに、当然のように監視カメラ。
「(養う子供が『
高階という男は、優しさと抜け目の無さを同時に持っているらしい。
名を与えても、無力な守るべき子供だと認識しても、警戒しないということはない――これが保護された子供であればショックものだろうが、俺は俺だ。
気にしない。
しかし、邪魔ではある。
「もう一度だけ言うよ。お・ね・え・ちゃ・ん」
そっと耳元で囁く――――監視されている以上、必要なことだ。
「姉妹のフリをするんだ。そのためにお前は必要だ。
必要じゃなくなれば、お前が消えても俺は何の損もしない」
「ひゅ」
「俺たちは無力な子供だ。守られるべき少女たちだ。そうだろう?
そうあることで、俺たちは自堕落な生活を送ることができる」
金色のふわふわな髪に口をうずめ、唇の動きを隠し。
俺の声を最小限にして。
撫でさすりながら、白ちゃんの聴覚を最大限に引き出す。
「なん、で……っ」
「……」
「おまえ、は……なにがもくてき、なんだ……ばけもの……っ」
白ちゃんの震える唇を、俺の胸で抱きしめる。
彼女の喉を操作し、叫べないようにする。
ただ、か細い声を、カメラに拾われないように受け入れる。
「おれにぶかをころさせて……っ!
そしきのなかまをおおぜいころして……っ!
けいさつにとりいり、おとこにとりいり、おれを、おれをガキにして……っ!」
はたから見れば、泣きじゃくる少女だ。
姉の胸に顔をうずめ、意味をなさない言葉を連ねる幼子。
可愛らしい。
俺は、心の底からそう思った。
「なにがほしいんだよ、おまえは……っ!」
「――熊ちゃんのぬいぐるみ」
「……は?」
ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめる。
「綺麗なお部屋。硬くないベッド。友達。朝昼晩の温かい食事。時には冷たい料理もいい。ゲームだってしたい。ジュースだって飲みたい。時には学校に行ったって良い。遊び疲れて眠りたい。可愛い妹を愛でて優しくしてやりたい。撫でたい。抱きしめたい。撫でられたい。抱きしめられたい。部屋に熊ちゃんのぬいぐるみを飾りたい」
「なに、を……」
「俺がしたいことだ。高階 白。いや、
ふわふわの金の髪。
白ちゃんの細く幼い身体を、抱きしめるように、俺の長く黒い艶々とした髪が蠢く。少女の香りが、この狭い子供部屋で満たされる。
「俺は自由が欲しい。
普通の子供が、当たり前に享受する自由が」
一度も手に入らなかったものが、手の届きそうな場所にあるんだから。
「おまえ、は……」
「だから呼べよ。おねえちゃんと。それだけでいい。
それだけで、俺はお前を殺さないと約束する」
「……っ」
歪なのは分かっている。
死の恐怖で縛る存在が、つくりかえて無理やり少女にした存在が、愛しい妹になどなる筈がない。脳すら弄っていないのだから、むしろ、俺は恨まれ憎まれ殺される怪物としか映らないだろう。分かっている。分かっている。
なのに……
「――おねえちゃん」
……幼い唇がそう零した時、俺は、心の底から嬉しかった。
「うん。なぁに、白」
「……」
「俺は……わたしは、あなたのお姉ちゃんだから」
指揮官ちゃんが、白が、俺の胸に顔をうずめる。
いつの間にか、彼女の恐怖の震えは、収まっていた。
「おまえは……あわれな、ばけものなんだな。【人間使い】」
晩ごはんはカレーライスだった。
甘口。
おいしかった。
禁忌指定能力者 ~【人間使い】は自堕落に暮らしたい~ 村山朱一 @syusyu101
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