第41話 剣より深く

 夜が更ける中、剛は庵の戸口に立っていた。火の灯りに照らされる伝承者の背は、まるで動かぬ石像のように静かだった。


 「……俺は、あれを越えられるのか」


 それは自問だった。だが伝承者は応えた。


 「越える、のではない。沈むのだ」


 「沈む?」


 「“死の気配”を感じたおまえは、そこから逃れようとしていた。だが、強さとは、それを抱えたまま沈むことだ」


 伝承者は茶を啜り、少し間を置いてから続けた。


 「剣より深いのは、人間の弱さだ。

 それを切り捨てずに持ったまま、構え続けられるか。

 それが“在る”ということだ」


 剛は言葉を失った。胸の奥で何かが震えていた。


 「……なぜ、それを教えてくれる?」


 伝承者は静かに笑った。


 「おまえが、殺さない剣を選んだからだ」


 剛は炎を見つめた。

 “それ”が動く時、己はまだ剣を握っているのか。

 それとも、手放しているのか。


 答えはなかった。ただ、風の音が夜の森に溶けていった。 

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