第40話 沈黙の間合い
しばらくして、伝承者は静かに剣を鞘に納めた。
剛もまた、何かに導かれるようにそれに倣った。
剣を納めた音だけが、森に残った。
「今のが、“間”の終わりだ」
伝承者は火の残る庵の方へと歩きながら言った。
剛はその背を追いながら、ようやく息を吐いた。
「……あれは、“死”だった」
「違う。あれは、“死と隣り合わせに在る己”だ」
伝承者は振り返らず、座しながら湯を沸かす準備をしていた。
「人を斬るとは、自分の命をその場に晒すことだ。
だからこそ、“斬らずに立つ”ということに重さが出る」
剛は焚き火の前に座った。まだ膝が、わずかに震えていた。
「強いだけでは、立てない。
殺せるだけでは、守れない」
「“剣を持ったまま、斬らない”とは、ただの慈悲ではない。
己がその一線を越えられる者であると、
相手に“わからせる”強さが要る」
伝承者の目が、焚き火の炎の向こうで揺れた。
「その強さに至って初めて、“戦わない剣”が成る」
剛は言葉も出なかった。
ただ、火の中にさっきの間合いを思い出していた。
“殺す覚悟”と“殺さない強さ”が、同じところに在ることの矛盾と真実。
それはまだ、完全には掴めない。
だが、確かに“刃よりも深く刻まれた感覚”が、剛の中に残っていた。
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