第42話 殺さない剣

 翌朝、剛は山を歩いた。霧が薄く地を這い、木々は濡れた音を立てていた。だが、剛の耳はそのすべてを遠くに感じていた。


 殺さない剣。


 それは、戦いを拒むことではない。

 力を捨てることでもない。


 剛は問い続けていた。


 「“殺さない剣”とは、何を切るのか」


 人ではない。欲でもない。ただ“敵”と名指すものすら斬らない剣。


 では何を断つのか。


 弱さか。怒りか。恐怖か。

 それとも、“斬りたい”という己の衝動か。


 答えは出ない。ただ、身体が歩き、足が地を踏んでいた。


 やがて剛は一本の倒木の前で足を止めた。

 以前、青年と稽古した場所だった。


 剛は腰を下ろし、静かに目を閉じた。


 “殺さない剣”は、剣ではない。


 それは在る者が、そのまま在り続けること。

 構えていても、構えていなくても。


 “斬らずに斬る”という矛盾が、

 ただ、剛の呼吸の中に満ちていた。 

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