触ったら勝ちな世界で私は今日も暮らしてゆく

不知火 凪咲

異世界での朝は…

チュンチュン…

鳥の声が窓の外から聞こえた。


「ふわぁ…もう朝か…?」


目を開くと何度観ても慣れない天井が広がっている。


「おはようございます。ご主人」


私がこの時間に起きることがわかっていたかのように、ドアを開けて銀髪の女が入ってきた。


「リゼ…毎朝言ってる気がするけどご主人って言い方やめろって、何かムズムズするんだよ」


彼女は表情を一切変えずにカツ、カツと音を立てながら近づき、容赦なく私が被っていた布団を引き剥がした。


「おいっ!」


「わたくしも何度も申しておりますが、起きたらならすぐにベットから出てください」


「オニだな…お前」


「悪魔ですよ」


「例えだよ…例え」


ため息をつきながら、私は布団を出て化粧台まで向かう。


リゼはその間にすぐベットメイキングをすませ、クローゼットから服を取り出した。


「リゼ、今日何か予定あったか?」


「いえ、特には。何かございましたか?」


「んや、何もないなら久しぶりに散歩でも行こうかと思ってな。天気もかなり良いし」


それを聞くと彼女はとても怪訝そうな顔をしながら、こう言ってきた。


「何も無いからこそ仕事を進める…という選択肢は貴方様の頭に無いのですか?」


ギクッと私は肩を震わせる。

たしかに仕事は溜まっていた。


「そろそろ多方面から催促が来ていますよ。もうこれ以上捌ききれません」


「…先に朝飯じゃだめか?」


しなければいけないのはわかっている。

だが、どうしても仕事はしたくない。


なんというか気分じゃないのだ。


「はぁ…」


リゼはため息をつきながら、「しょうがないですね…」と言った。


「わかりました。本格的な始動はご朝食の後でいいです。ですが…」


「なんだよ」


「まず、1件だけは終わらせてください。今日中のものはそれだけですので」


「わかったよ…やりゃいいんだろ。やりゃ…」


「はい。やればすぐ終わります」


こんなことを話してる間にリゼは髪を整えてくれたらしい。

ついでのように服もパジャマから変わっていた。


(魔法とかなんだろうけど…自分が気づかない間に服が変わってると怖えぇな)


そう思いははっ…と苦笑いする。


「なんです?」


「いや何でも、執務室行くか」


----------


「では、わたくしは朝ごはんの用意の手伝いをしてくるので」


執務室に入ろうとしたところでリゼは私にそう告げた。


「ん?手伝う…ってリゼが作ってんじゃないのか?」


「いえ今日はフィーネ様が作ると。前日から張り切ってなさいましたよ」


「ふぃ、フィーネが…朝飯を…??」


フィーネ…彼女は戦闘ではとても頼りになるが、家事をやらせると壊滅的だ。


(前に作ってくれたシチューも…うっ…)


思い出すだけで頭が痛くなる。

あの不味…独創的で何とも言えない味…


「フォローはしてますよ。彼女が分からない程度に」


「ほ、ほんとか!?」


そう聞くと、まだ希望が出てきた。


「はい。ですが、ご主人が来ないと何をやらかすかわかりませんので出来るだけ早く来てください」


「わ、わかった!」


そう言って足早に執務室入った。


「あ…ベルさん」


「ベル!もう傷は大丈夫なの?」


部屋に入ってすぐのソファーに2人が腰掛けていた。


1人は先程のリゼと似ているが、髪が金髪であり、特徴的な耳を持つエルフのセナ。


1人は黒髪であり、私と同じ人間のシャル。


私が何食わぬ顔で部屋に入ってくると、2人はとても驚いた顔でこちらを見てくる。


「あぁ、大丈夫だよ。体だけは丈夫だからな」


にこやかに笑うが2人の表情はずっと不安そうだった。


「丈夫だからって…あなたねぇ…」


「自己回復が出来るからって、流石に大雑把過ぎますって…」


「そうか?リゼは容赦なく布団を剥がしてきたぞ」


そう話すと2人は顔を見合わせて、やれやれという顔をする。


「リゼさんずっと心配してたんですよ。『ご主人が起きない…死んでたらどうしよう』って」


「口下手だからねリゼは。ちゃんと後で謝っときなよ」


「はいはい…わかったよ」


相槌を打ちながら、セナが座っていたソファに腰をかける。


すると、それに気づいたシャルがすぐに私の隣へ移動してきた。


「…近くないか?」


「いえ…!全然…!」


「そうか…」


少し戸惑うが気にせず、リゼに言われていた資料を手に取った。


「異世界転移者召喚に関する報告書…セナ、転移者に何かあったのか?」


「あ、そっか。ベルが寝ている間にまた新しく召喚されたらしくてね。うちの領地の孤児院を作って連れてきたいんですって」


「アイツらはまた懲りずに…わかった。まあ断る訳にもいかないしな」


近くにあった領地全体の地図で空き地を確認する。


(うーん…あんまり奥に作ると魔物が…いやでもこっちには神力種が何か作るって言ってた気が…)


「いっその事、魔物の森を少し整備して土地を広げるとかどうですか?…ほら、こことかなら…」


そう言って、私の前にシャルが体を乗り出し地図に指を出す。


(ち、近…)


体を乗り出されると顔の下にちょうど、彼女の髪がくる。


ふんわりとした金木犀のような匂いがした。


「あら?それなら、こっちの方が良くないかしら」


後ろからセナの声がし、慌ててそちらを向く。


「ん!?ど、どこだ!?」


「ほら…ここ」


そう言って体を私の方に倒し、地図に指を刺す。


(あ、当たってる!?や、柔らかいものが…!?)


「お、おい…セナ」


「あ、確かにそちらの方がいいですね。ここにこうやって道を作って…」


そう言いながらシャルの柔らかいものが私の腕に押し付けられる。


(うわぁぁぁ!?)


「これでどう?ベル」


「どうですか、ベルさん?」


それどころでは無い。


今、彼女たちは自分が気付かぬうちに自分の大切なものが当たっていることに気づいているのだろうか?


(いやまあ…2人なら『女の子同士だし別に気にしませんよ』とか『別にお風呂で何回も見てるんだし何も気にしないわよ』とか言いそうだけど…)


プルプルと震え、体が熱くなってくる。


もう少しで爆発してしまいそう…という所で扉がバーン!!と開かれた。


「ベルちゃーん!!!遅いっすよ~!もう朝ごはんできて…」


「ふぃ、フィーネ!」


自分より少し小さめであり、銀髪。そこまでは普通だが、彼女の体には猫耳と尻尾が付いている。


フィーネは尻尾をフラフラと動かしながら、スタスタと駆け寄ってきた。


「もう何してんすか~今日は自分がパーフェクトな朝ごはんを作ったんすから早く来てくださ…あれ?」


その場の異変に気づいたのだろう。

彼女は「あー…」という顔をした後、すぐにムッとした顔をした。


「何してんすか、お2人とも!抜けがけは禁止って言ったはずっすよ!」


「抜けがけって…」


「そ、そんなつもりじゃ…」


「わざと…ベルちゃんに当ててたっすよね胸」


2人はギクッとした表情をする。


「あ!?わざと!?」


すかさず私は2人にツッこんだ。


「いや…わざとかどうかは…わからなくないですか…?」


「そ、そうよ!わざとかどうかなんて…」


「わたくし達には一目でわかりますよ」


フィーネと一緒に来ていたのだろう。リゼも話に参加してきた。


「り、リゼ…」


「フィーネ様には嘘を見抜く獣種の心眼、わたくしにはそれを応用した魔術がございますから」


2人の力を忘れていたのか、セナとシャルの顔はどんどん真っ青になっていく。


「はぁ…ご主人の仕事を手伝うと仰ったのでお任せをしましたのに…」


そう言ってリゼは呆れた表情をする。


「「ご、ごめんなさい…」」


一瞬の沈黙が流れた。


「…で、何でひっついてきたんだよ?」


私が理由を尋ねると2人はアセアセと話し始めた。


「いや…だって!まさか3日間もベルに触れないと思ってなくて!」


「そうです!3日間も触ってないと能力が落ちるかな…!」


(あぁ…なるほどそういう事か)と納得し、私はすかさずリゼに説明してやれとアイコンタクトをした。


リゼは承知しましたと言うように首を少し傾ける。


「お2人とも、安心してくださいな。そもそも、ご主人の能力『触れた者の能力を上げる力』は戦闘中にしか効果はありません」


私はウンウンと頷く。


「それに、胸を当てた程度だと今のご主人には通用しませんよ?」


「ちょ!待てリゼ!そんな事私は一言も言ってないぞ!!」


そう言うとリゼはあら?と首を傾げた。


「でもご主人。たしかに先程、戦闘中にか能力は上がらないと言いましたが、その時以外に触られるとご主人の魔力の流れや回復の力は上がりますよね?」


「ま、まあそうだが…」


「セナちゃんとシャルちゃんに対してたしかにベルちゃんは興奮はしてたっすけど…魔力の流れは全く変わってないっすよ」


えぇ!?と私とセナ、そしてシャルは驚きを隠せなかった。


「え、嘘…じゃあもうベルにこれは通用しないの!?」


「こちらから食べさせるとかをしても!?」


「えぇ…まあ。以前のご主人ならともかく、先の戦闘が終わった今、ご主人も進化してますからね」


「それは…つまり…」


ふっふっふ…とフィーネが怪しく微笑む。


「な、なんだよ…」


「もっと激しいことがお好みってことっすね!?ベルちゃん!」


「はぁ!?」


「あ、そういうことね。わかったわベル」


「激しいの…よく分かりませんが頑張ります!」


「また可愛らしい反応を楽しみにしておりますわご主人」


「こうなったら今日はベルちゃんの回復祝い、改め新たなポイント探しっすよ!」


4人はとてもウキウキしながら、「そうと決まれば…」と話し合いながら部屋から先に出ていってしまった。


(…勘弁してくれ)


そう思い、私は今日も異世界で暮らしていく。

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触ったら勝ちな世界で私は今日も暮らしてゆく 不知火 凪咲 @nagisa7722

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