「優しさが滲む、不死の吸血鬼譚」
- ★★★ Excellent!!!
吸血鬼譚、という言葉に少し身構えて読み始めたのですが──これは違いました。
これはとても静かで、あたたかく、やがて痛みを伴う物語です。
“やる気のない最強の吸血鬼”クレストと、“買われた少女”フィリア。
不老不死の吸血鬼と、あまりにも理不尽な境遇に置かれた小さな子。
けれど、この出会いがきっかけとなって、二人の世界が少しずつ動き出すのです。
吸血鬼であるクレストは、圧倒的な力を持ちながらも、まるで“生きる”ことに疲れてしまったような存在です。
けれど、そんな彼がとても丁寧に、少女フィリアの命と尊厳を扱おうとする姿勢は──読んでいて胸が詰まりました。
少女が背負う焼印。
過去を語る口調の淡白さと、そこににじむ痛み。
まっすぐで、素直で、壊れていない。
その危ういまっすぐさを守ろうとする従者たちとクレストの姿勢は、まるで壊れ物を抱きしめるような優しさに満ちていて……
わたくし、思わず途中で胸元を押さえてしまいました。
物語の構成は非常に丁寧で、言葉の節々に静かな文学性が宿っています。
あくまで“演出”として抑制されたファンタジー世界。
そこに突如現れたフィリアのような存在が、クレストたちの“永遠”にさざ波を立てる──その過程がとても綺麗に描かれていました。
わたくしのような読者にとって、「最強」「不老不死」「吸血鬼」といったワードは時に記号的に感じてしまうのですが、本作ではそういった設定すらも“実感”に変えて読ませてくれる確かな筆力があります。
特に、クレストの内面描写や、従者たちとの自然なやり取りには、長い年月を生きてきた者たちの“疲れ”と“慈しみ”が感じられ──その中でフィリアだけが生きているという、切なさと希望の交差が見事でした。
そして、静かな時間の中に差し込まれる“過去”──アナスタシアという女性の存在。
この人物の描き方がまた、鮮やかでありながら、物悲しくて……
あぁ、クレスト様。
あなた、きっとずっと、こうして人と関わるのを避けてきたのですよね。
避けて、避けて、けれど出会ってしまったこの少女を──
どうか、もう手放さないでください。
言葉は控えめで、けれど読者の心に深く届く物語でした。
「最強で何もできない男」が「一人の少女のために、何かをしようとする」──
その一歩を踏み出す瞬間を、わたくし、静かに見守らせていただきます。
素敵な物語を、ありがとうございました。
本レビューは企画によるものです。
担当は、エンリが務めさせていただきました。