『左ポケットには余裕がない』
最近気づいたんだけど、僕の左ポケットには余裕がない。
右ポケットにはスマホを入れる。これはもう決まりごとのようなもので、最初に世界ができたとき、神様が人間に「スマホは右」と指示したんじゃないかってくらい、僕のまわりでもそうしてる人が多い。だけど左ポケット。ここが問題なんだ。
ある日、左ポケットに家の鍵を入れようとしたら、妙に入りづらかった。ジーンズが縮んだのか?と疑ったけど、洗濯したばかりでもなかったし、まさか僕の太ももがこの1週間で急成長を遂げたわけでもない(そうならジム通いの成果として喜ばしいけど、それならまずウエストに出るはずだ)。
その日の夜、友人のサクマにそのことを話したら、「ああ、あるある」と言った。彼は眼鏡をずらしながら、僕に謎の理論を展開した。
「左ポケットには、“責任感”が入ってるんだよ」
なんだそれ、と思ったけど、サクマは真剣だった。曰く、人は大抵、右利きで、右手で便利なものを使う。スマホも財布も。左はその補助でしかなく、だからこそ、左には“責任”とか“気遣い”とか、“ついでに持ったあの人の小さな荷物”が入りやすい、と。
なるほど。左ポケットは、意識せずに何かを引き受けてしまうスペースなのかもしれない。
試しに昨日、左ポケットに入れていたレシートを見たら、コンビニで後ろに並んでいたおばあさんの分まで支払っていたことに気づいた。彼女が財布を忘れて困っていたから、つい出してしまった。覚えてはいたけど、まさかそれがレシートに残っていたとは。
左ポケットには、やっぱり何かが“残る”。
責任感とか、気遣いとか、それを見せびらかすわけじゃないけど、確かにそこにある“重み”みたいなもの。もしかしたら、人間って、そういう左ポケット的な部分で支え合ってるのかもしれない。
それ以来、僕は左ポケットを空けておくようにしてる。何が入ってくるかはわからないけど、何かを引き受ける準備くらいは、しておいたほうがいい気がして。
今日もまた、レジで誰かの“何か”を、こっそり受け取るかもしれないからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます