九  毒鬼姫を産んだ女

 太皇太后たいこうたいごう崩御ほうぎょしたよるに、恭子きょうし破水はすいは起きた。

 産婆である妹が、産みましょう、と云えば、恭子きょうしは「いやよ、ぜったいに」と拒んだ。


「ですが」


「ぜったいに厭よ、厭!! 陛下が崩御したばかりなのよ。そんなに産まれた子なんて、呪詛のろいの子だわ。呪詛のろいの子の産みの親として生きるくらいなら、阿鼻地獄あびじごくちた方がましよ」


 堕胎だたいさせてほしい、産まれたのなら、嬰孩あかごに毒をませなさい、とまでった。男子おのこでも女子おなごでもかまわない、殺せ、にもかくにも殺せ、と。

 恭子きょうし魂魄たましいの絶叫に、妹は逆らえなかった。間もなく産まれようとする吾子あこが、前世でなにかおかしたのだろうか──……。


 恭子きょうし女房にょうぼうが、几帳きちょうの向こうからこちらをのぞき込む。


「……大丈夫、でしょうか」


 妹は、答えられなかった。



     ◇



 恭子きょうしの堕胎は叶わなかった。

 ほんのわずかにでてきた瞬間、嬰孩あかごは毒を服ませられた。

 嬰孩あかごに服ませた毒は鳥兜トリカブトであった。

 蜂蜜ハチミツも服ませた。蜂蜜ハチミツ嬰孩あかごに服ませると、腸内で菌が繁殖し、嘔吐、下痢、呼吸困難、筋肉の痲痺まひなどの症状を引き起こす。

 おしろいもませた。


貴様あんたが産まれる日がに服す日でなければ、私は貴様あんたを殺しはしなかった。怨恨うらまないで。まして、太皇太后陛下が崩御した日に産まれた子を、私は生かせない。ああ、産まれたのがひと月後だったら!!」


 眼瞼まぶたうらで、産声を上げることも許叶ゆるされず、毒にむしばまれ、血をきながら死にゆく吾子わがこかべ、恭子きょうしさけんだ。

 風体もこわかったのだ。

 帝族が崩御したよるに産まれた嬰孩こどもの産みの親という名がひろまれば、死穢しえきらう者が、こぞって毒づくだろうから。


 ──眼瞼まぶたを開けたときに眼に映ったのは、落ちついた呼吸いき嬰孩あかごだった。

 溢血斑いっけつはんも泛かんではいない。

 当たり前のようにねむ嬰孩あかごをみて、恭子きょうしは、あくむでもみたかのようなさけび声を上げた。


「どうして死なないの!! どうして死なないの!! 貴様おまえ呪詛のろいの子なのよ!! 生きてはならない!! 毒を服んで死ねばよかったのよ!!」


 恭子きょうし嬰孩あかごは隔離され、互いが互いを訪ねることも慈愛いつくしむこともなかった。


 ──のちに、《毒鬼姫どくきひめ》となりし姫は、鳥兜トリカブトをいまでも気に入っている。

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