八  包子

「初めて調つくったので味の保證ほしょういたしかねますが、どうぞ。タンの間食の包子パオズです」


 桜明さくらあき女御にょうご色沢つやめく黒髪には、桜梅桃李おうばいとうりの花々が咲き乱れ、馥郁ふくいくたるかおりを房室へやのなかに満たしていた。ただ、爪の先端さき頸下くびもとに咲いていた花たちは、すっかり落ちて、つぼみものこってはいない。


 蓉子ようしが差しだした包子パオズ不恰好ぶかっこうではなかった。

 奇麗きれい外形かたちをしたそれからはほかほかと湯気が立ちのぼり、鼻腔びくうをくすぐる辛味からみのある匂いがただよってくる。


「ぱ、包子パオズ……た、タン? で、でも、遣唐使は百年以上前に停止されたはずでは……」


「いまも邦内こくないにおられる唐僑とうきょうつたえているらしく。私の相識しりあいの相識が、ちょうどその唐僑にあたる方でして。包子パオズについてり、典籍てんせき渉猟あさって、みようみまねで調つくりました」


 どうぞ、と蓉子ようしが、女御と麻葉あさはの前に盆をく。


「あ、そう。熱いので、お気をつけて。肉漿にくじゅうあふれたら、舌を焼処やけどします。すこし冷ますのが良いかと」


「わわわっ、ほんとうに熱いですね」


 火鍋というか、元々ある鍋にあぶらを引いて、タンの鍋を再現したので、極端に熱くなってしまった。そのため、いちど沫雪ゆきで冷ましてから、あぶらを引いていない鍋で加熱している。


先刻さきほどの粥と同様に、生薑ショウガ福寿草フクジュソウ焚麥フンバクぜていますが、蕃椒トウガラシではなく黒胡椒クロコショウの粉末を使っております。かおりの違いを娯しんで頂戴いただけると」


 とっている間に、麻葉あさは包子パオズかぶりついて悲鳴を上げる。


「いやあああ!? あふっ、あっつっ……」


(舌の根のかわかぬうちに)


 ことわざあなどってはならない、をまさにあらわしたような様子に、女御がくすりと破顔わらった。蓉子ようし背後うしろからあらわれた夜霧よぎりが、敏捷びんしょうに受皿を手渡す。


「ほら、えっと、女房さん。これでなんとかしてください。姫様、水をんできた方が良いかい?」


「そうね。お願いするわ」


 包子パオズはしばらく食べられないと判じた女御が、湯呑ゆのみを手にとって口をつける。緑茶は薬缶やかんで煎じてから湯呑に注ぐまでに間があったゆえ、すこし冷めている。

 玉女のような微笑をみるかぎり、ちょうど良かったようだ。

 はらり、と、髪の分目から、薄紅色の花葩はなびらが舞い散る。


 淡い雪風ふぶきがほのかに吹き、桜梅桃李の花を舞い散らせた。

 冷たい雪風が、東風はるかぜのようだ。睦月むつき如月きさらぎというころなのに。


 初めてったときにもおもったが、桜明さくらあきの女御は、玉女が降臨したかの如く美麗うるわしいひとだ。

 華であった。

 その華を華とばずに愛するのは。


(おもいのほか、難しい)


 娟雅えんがな春の華と、素樸そぼくな夏の草。

 ことばが喰まれようとかわらぬ様子すがたに、蓉子ようしは、昔のはは恭子きょうしをおもいかえした。

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