17.怪異の正体とその後

 みんなが驚きに息を呑む。いや、“みんな”と言うには語弊がある。驚いていなかった。


「ボクも正直、疑わしいってだけで、相田さんは人だと思ってた。だけど抱いた違和感はそうじゃなかったみたいなんだ」


 一度言葉を区切って息を深く吸い込む。トンネルからいくらか距離を取ってるとはいえ、それでも心臓を軽く締め付けられてる感じがして苦しい。


「おい」


 そんな状態を宗馬が察したのか、口を開きかけたボクを呼び止める。


「場所、移動するか?」

「………まだ大丈夫かな」

「そうか。キツかったら言えよ?」


 宗馬は本当に良く見ている。そういうところがボクは大変好ましく思う。


「ん。ありがと宗馬」

「……おう」

「…………えっと、続けて良いかな?」


 全員が頷くのを見てから咳払いを挟んでから未だ頭の中にある情報を伝える。


「宗馬たちも疑問に思ってることは分かるつもりだよ。この中で霊を視れるのはボクだけだ。つまり、今ここにいる相田さんが人間じゃないならでしょ?」


 相田さん以外が頷いた。


「それはボクの中でひとつあるんだ。怪異の存在って、なにも最初から“そういうもの”として生まれることは稀だって住職さんから聞いたんだ。千織部長、そうだよね?」


 千織部長の知識を信用しての名指しすると多少目を見開きつつもすぐに頷いた。


「怪異が生まれるのは主に人々の口で以って姿形を成していくとされている。つまりは口から出る言葉に力が宿ると謂れている“言霊信仰”ゆえ起こることなんだろうね」


 「そうだね?」といった目で見つめてくる千織部長。

 頷きながら彼女の言葉を継いで続ける。


「だから多分なんだけど……倉持先輩」


 次に驚いた顔をする倉持先輩を見ながら、


「倉持先輩はみたいなことやったんじゃないかなって」

「…………っ! ……──れは、っ!」


 苦虫を噛み潰したような顔の様子を見てボクはやっぱりというのと思い当たる節があるんだろうなとも思った。


「あれ〜? さっきの部長の言葉だと人数が多い方が良いんじゃないんですか?」

「確かに愛理先輩の言う通り、人は多ければ多いほど良いよ。その方がより出来上がりは早いもんね。ただ、1人の場合はその代わりに、が要るんだ」

「強い、想い……?」


 愛理先輩の反芻に頷いて返して倉持先輩をじっと見つめる。

 彼女の顔はなおも顰めっ面だった。


「願いはなんでも良いんだ。ただそれを強く強く願うだけ。それがどれだけ遠くて途方もないことなのか……ねぇ、倉持先輩。相田さんってほんとはどこかにいるんじゃないの? 例えば……そう。病院、とか」


(その顔は……やっぱりそうなんだね)


 宗馬から態度が分かりやすいと言われたボクが言えたことじゃないけど、倉持先輩は見て取れるように目を見開いて目を震わせた。


「倉持……先輩はさ、きっかけは分からないけど、その想いをボクは否定しないよ。でも……願うだけに留めたほうがいいよ」

「ど、……うして、ですか?」


 ほんとは言葉を選ばなきゃいけない。……真実がどうであれ。

 倉持先輩から目をトンネルに移して左手を向ける。


「倉持先輩も三戸トンネルの現象は知ってるんだよね? アレは多分さ、元は別の場所にいたと思うんだ。けど浮遊霊ってわけじゃない。地縛霊なんだ。

 地縛霊は自分では移動できない。だけど、なんだ」

「ま、待ってください。相田くんとそれはなんの関係が」


「ここだけ聞いたらそう思うよね。けどまだ続けるね。それで、ボクが視たものは男性だった。一瞬しか視なかったけどね。で、吐いた。ボクが視える人で、その男性がボクに憑こうとして起こった拒否反応……だって思ってたけど合ってるけど違うって言ったね」


 「あぁ、そういえばそう言ってたねきみ」千織部長が思い出したように相槌として返してくる。


「それはどういう意味なんだい?」

「今思えばアレは……あの男性が“生前していたこと”だったんじゃないかなって。ボクの体はボクが1番よく知ってる。ボクがあんな血反吐みたいなものを吐くなんてあり得ないんだ」


 ボクが覚えてる限りだと吐いたことがあるのは……幼少期の1度切りだったと記憶してる。


「だからアレは拒否反応でもあり、一種の追体験でもあった……ということかい?」

「うん。そして、あの男性は別のとこから来た存在だよ。それこそ……割と最近の」

「一瞬なのに良く分かったな」

「顔は分からなかったけどね。でも男性なのはそう。影の作り……服装? うん。そうだ。あの格好は最近の服装なんだ」


 頭の中で段々と姿が鮮明になっていく。


「なんというか、バイクを乗ってる人が着るような服だったからどこかで事故を起こした……んじゃないかな」

「じゃあ……もうお亡くなりに?」

「分かんない。はっきりと視えないなんてことは珍しいからそこはなんとも」


 ただ、あの存在があの場所にあるのも多分……。


「きっと“何か”を待ってるんだ。その何かはボクでも分からない。でも……」


 トンネル内部にいた影は

 そして、相田さんも。


「倉持先輩」

「なん……ですか?」

「ボクが言えたことじゃないけど……真実から目を背けることは、」

「……分かってます。あなたのおかげで……いえ。きっと皆さんに依頼したときからこうなることは分かってたんでしょうね。でも、ありがとう」


 気づけば倉持先輩の顔はどこか吹っ切れたような晴れやかな顔になっていた。ここから先はもうボクが及ぼして良いことじゃない。

 けれど……けど。どうか倉持先輩に良いことがあってほしいとほぼ初めて、人のために祈った。


──────

────

──


 2日後、放課後に愛理先輩から倉持先輩に聞いたことだ。

 倉持先輩と一緒にいた相田さん、相田悟史さとしさんは現在、田向たむかいにある八戸市立市民病院に入院中とのこと。

 運び込まれた理由はバイク運転中に反対車線から来た車との接触事故だという。それも割と大きな。


「命に別状はなかったそうですが、意識はまだ戻ってない、とのことです」

「しかしヘルメットをしていたんだろう?」

「そうみたいです。なので不幸中の幸いとお医者さんも言っていたと尚子ちゃんから聞きました」


 2人にバレないようにそっと息を吐いて、ページを手繰る。


「良かったな」

「…………さぁね」


 というかボクの挙動で気分を読むなよなばか。


「お前が分かりやすいのがいけないんだよ」

「なんでボクのせいなのかなぁ……なーんか気に食わないよ」

「ははっ。悪かったな」

「あっ、こらっ、な、撫でるな! ばかっ」


 両手で宗馬の手を払い退けて睨みつける。

 別に髪のセットだとかは気にしてないけど、だからといって撫でられるのは……得意じゃないだけだ。


「まったく。仲がいいことだね2人とも」


 そんなボクたちを楽しそうに見る千織部長。

 そこまで仲良いだろうかと疑問に思いつつも、そんな目で見ないでほしいと注意する。


「ふふっ。じゃあ私の前でそんなふうにしないことだね」

「…………はぁ。千織部長もああ言えばこう言うよね」

「それが私だからね。嫌になったかい?」

「ぜーんぜん。それで、愛理先輩」

「なんですか〜?」


 別に興味もない。ないけど、


「倉持先輩は、大丈夫そう?」

「えぇ。やっぱり少し落ち込んで見えましたけど、お見舞いを続けるって」

「そっか」


 その様子なら元気そうで良かった……かもね。

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