16.再訪、三戸トンネル


「ごめんお父さん。仕事休みでこんなお願いして」

「ははっ。いいっていいって。お前のためならお父さんはこれくらいするから」


 1週間後の日曜日、お父さんが休み取れるとのことで三戸トンネルへ連れて行ってくれることに。


「だからみんなも遠慮なく大人を頼って良いからね」


 ルームミラー越しに後ろに乗っている宗馬たちを見るお父さん。

 ボクは助手席に座っているから後ろの方は身を乗り出さないと分からないけど見なくとも盛り上がってる雰囲気なのは伝わった。


「もう一度行っても大丈夫?」

「えっ? あー、うん。大丈夫だよお父さん」


 心配性なお父さんにはこうして何も保証もないけど安心させるために言うしかないのだ。




 別行路から南部町に向かい、南部公民館に一度車を止める。


「ここに集合なんだってね」

「うん。そうらしいよ。ね、千織部長」

「あぁ。公民館の出入り口付近で待っていると……あぁ。アレだね」


 後部座席から身を乗り出して公民館の出入り口であろう場所を指差した。

 公民館の作りは綺麗で割と最近建てられたのだろうかと思うくらいにキラキラとしている。

 その出入り口に薄桃色のフレアスカートに薄青色のカーディガンに身を包んだ倉持先輩が立っていた。


「それじゃあ行ってみよう」


 千織部長の発破に頷いてシートベルトを外しながら車から降りる。


「あっ、待って」

「…………? どうしたのお父さん」


 ドアを閉める前にお父さんに呼び止められて、運転席の方を見るといつにも増して優しい顔をしていた。


「気をつけて行ってくるんだよ。お父さんはここでちゃんと待ってるからな」


 ……やっぱり、親ってすごいなと思う。

 ボクが心配させないように言っていたことも分かっていて、だけどボクを安心させるように言ってくれる。


「うん。行ってくるよお父さん」


 笑いながら返して先を歩く──宗馬だけはボクを待っているようにいつも歩く速さより遅かった──みんなのところに駆け足で向かう。


「なに話してたんだ?」

「んーん。別に何も」

「そっか」


 千織部長と愛理先輩が倉持先輩と話をしていたから混ざりに行く。


「お久しぶりです」

「久しぶりだね倉持先輩。今日もひとり、なの?」

「あ、いえっ。その、相田くんもいるんですけど、今はトイレに行ってまして……」

「なるほどね。じゃあ来るまで待ってよう」


 とは言ったけどものの10分程度で公民館の中から誰か出てきた。背丈は宗馬とあまり変わらないくらい……? で、赤茶けた短髪でいかにもスポーツしてますよっていう体をしていた。


「もう。遅いよ相田くん」

「わ、わりぃって。腹が急に痛くなったんだから」


 話してるのを見る分にはただの爽やかな好青年って感じなんだけど……。


「………………」


 何だろう。……ボクはいったい、というのだろう?

 みんなと挨拶したりする様子をじっと分かりそうで分からない不可思議さに眉を寄せる。


 ただじっと見つめていたからばっちりと目があって、相田さんは目を瞬いたあと、頬を掻いた。


「……えっと、あの……俺の顔にー、なんかついてるっすかね?」

「へっ? あ、あー……」


 どうしようか。今抱いてることを伝えた方が良いかな。いや……確証のないことを伝えても詮ないことだ。やめておこう。


「ううん、なんでもないよ。その……少しぼーっとしてただけ」


 なんとか誤魔化しきれたかな。

 反応を見る限り出来たっぽい?


「それじゃあ、全員集まったからいささか遠いが、三戸トンネルへ行こうか」




 道中、車に注意しながら軽く世間話をしつつ三戸トンネルへ向かった。足取りはゆっくりだったから結構時間かかったかもしれないけど詳しい時間は分からない。


「………………」


 10mほど離れた位置にボクたちは立ち止まって外観を仰ぎ見る。

 週末とはいえ、すれ違う車の少なさに八戸とやっぱり違うなぁと思いつつ、三戸トンネルのどこか異様な雰囲気に息を呑む。

 トンネル上部に頭上注意のそれぞれ三角形の黒色と黄色標識を眺めたあとトンネルの中に目を向ければ早速視えて顔は向けつつも目を逸らして。


「倉持さん。当時のこともう一度説明してくれますか?」

「あっ、はい。えっと……あの時は17時くらいの時で……」


 倉持先輩が説明を始めたからそっちに目を向けれることに安堵する。


「今よりももう少し前の辺り、だったと思います。あの時もトンネルの異様さに怖くて相田くんに帰ろうだとか色々ボヤいてました」

「確かに言ってたな」

「けど相田くんは大丈夫とか言って、ズンズン進んでいったんです。置いてけぼりになるのも嫌だったのでついて行ったんですが──」


 倉持先輩が説明をしながら指をトンネルの方へ向けていった。みんな指し示す方向を見つめて話を聞く。


(あぁ、やっぱり気のせいじゃない。気持ち悪いのが……“居る”。けど今伝えてもダメだろうなぁ……どうしよ)


 蛍光灯すらないトンネル内部は真っ暗に近く、あまり長くないはずなのに長く感じる。

 そしてトンネルの内部中央に“影”が蠢いていた。トンネルの暗闇と同じ真っ黒なはずなのに、そこだけ人型に白いペンとかで縁取られてるようにも視えて、目を背けたくなる。


 ぐっと腹の底から湧いてくる吐き気と閉塞感を奥歯を噛み締めておさえつつ、自分に向けかけている意識を倉持先輩に向ける。


「──それでトンネルの外から相田くんの声が聞こえて、すぐにおかしいって気付いて引き返しました」

「なるほど。ちなみに呼び止められた時の場所はどの辺りか分かるかい?」

「それは、えぇと…………確か、……だったと思います」


 ボクは思わず「えっ」と声を漏らしてしまい、耳聡ざとく拾った千織部長が目を向けてきた。

 千織部長の目からは容易に「何か視えてるのかい?」と言ってるのが分かって、右隣にいる宗馬に目を向ける。


「無理、しなくていいぞ」

「…………あ、はは。今でもだいぶキツい、けどね。けど1週間前よりは……マシ。……けどちょっと下がってほしいかなみんな」


 距離をさらにあけてもらって吐き気と閉塞感が少し楽になって、いつの間にか握っていたシャツから手を離す。


「説明、してもらっても構わないかな?」

「…………まず、この間の“アレ”は……まだ、居るよ」


 話しながら深く息を吸う。脳が酸素を求めているようなクラクラとした感覚に襲われつつも話を続ける。


「それで……ボクは吐いたでしょ? アレは確かに憑かれかけてたから起きた、拒否反応ってのも……あるけど、違うんだ」

?」


 コクっと千織部長の言葉に頷いて、視線をトンネルから一言も発さなくなった相田さんに目を向ける。

 移動中もくまなく彼を見ていたけど、トンネルを見てから心内で抱えていた違和感の正体に気づいた。


「あの影は、ただの霊体じゃない。悪性のある霊体……に近いけどまだ遠い存在で、そして──」


 相田さんと目が合った。どこか察した目をしていた。その目を見続けたままボクは告げる。


。……と思う。最初に会ったときから抱いてた違和感は、存在がそこにあるのに、なんて薄いんだろうってことと、たまに輪郭がボヤけてることだった。けどそれは至極、単純なこと。

 だよ」

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