13.千晃の家
―湊―
「お邪魔します……」
誰かいるのか分からないが声を掛け、玄関へ足を踏み入れる。
千晃の家は古い平屋の一軒家だった。玄関先はきちんと整理されていて清潔感があり、微かに芳香剤の匂いもする。
……言われるがままついて来てしまったが、川に頭まで浸かってびしょ濡れの状態で、人の家に上がってもいいのだろうか。
「そこで待ってて」
突っ掛けていたサンダルを脱いで隅に寄せると、千晃は俺の荷物を持ったまま奥の部屋へと消えた。
手持ち無沙汰になり、何となく視線を巡らせる。ふと、下駄箱の上に飾られた写真立てが目に入った。
病室だろうか。白いベッドに横たわる男性の隣で、髪の短い少年がカメラに向かって笑顔を向けている。
「……?」
手に取り、近くでよく見てみる。
黒髪で額も出ていて印象がだいぶ違うが、この少年は―。
「何見てんの」
「わっ」
びっくりして心臓が跳ねた。振り向くと、タオルと着替えを手にした千晃が訝しげに俺の手元を見ている。
「ご、ごめん」
急いで元の位置に写真立てを戻す。
千晃はちらりと一瞥しただけで何も言わず、ほら、と手に持っていたタオルと着替えを俺に差し出した。
「とりあえずシャワーしたら。傷口も洗ったほうが良いし」
「え、千晃は?」
「俺は後でいい」
着替えてくる、と言い残し、また部屋へと姿を消してしまう。
申し訳なく思いつつ、シャワーを借りることにした。さすがに、体のあちこちから生臭い匂いがしてきている。
風呂場に入り、着ていたTシャツと短パンを脱いで畳む。スラックスなんか履いていたら絶対駄目になっていただろうなと思う反面、短パンで剥き出しになっていたせいで、酷く擦りむいてしまった両膝が痛々しく恥ずかしい。まるで、思い切り走って転んだ子どもみたいだ。
シャワーを当て、傷口周りで固まっていた血を洗い流す。思ったより深い傷だったのか、強く染みて何度か身体が竦んだ。
髪まで濡れてしまったのでシャンプーもお借りし、結局全身しっかり洗って風呂場を出た。タオルで体と髪を拭き、貸してもらった着替えに袖を通す。千晃の方が背が高いが、服のサイズは同じくらいらしい。
ドライヤーを使いたかったが見当たらないので、首からタオルを掛けて濡れないようにして脱衣所から出た。
「……千晃?」
どこにいるんだろう、と思いながら廊下へ出る。さっき千晃が出入りしていた奥の部屋の戸が半開きになっていた。もしかして、あそこが千晃の部屋なんだろうか。
軽くノックしてみたが、返事が無い。覗くつもりはなかったが、隙間から部屋の中が見えてしまった。
青いシーツが敷かれたベッドと、簡素な勉強机。その上に、寄せ書きの書かれたバスケットボールが置かれているのが見えた。
「……湊ー?」
「あっ、はい」
呼ばわる声に気づいて振り返る。
声がした方へ戻ると、玄関のすぐ隣の部屋から千晃が顔を出していた。
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