8.出来るじゃん
―湊―
手加減されているのが分かるから悔しいが、多少ボールを触れるようになってきた。
立場は一応顧問のはずだけど、教えるのは断然子ども達の方が上手い。本当に皆んなバスケが大好きなのだ。
それはきっと、彼―高原千晃の影響もあるんだろう。
まだいるか確かめようとしたら、不意にボールが飛んできた。
「わわっ」
慌ててキャッチする。先生、と大きな声で呼ばれた。
「今だよ、打って!」
足元を見ると、ちょうどライン上に立っていた。ゴールを見上げる。
俺が打つのを待ってくれているのか、相手チームの子達は誰も邪魔をしてこない。
「……よし」
教わった時の事を思い出し、丁寧にボールを構える。勢い良く、宙に放った。
ボールは綺麗な放物線を描き、ゴールネットの中を真っ直ぐに通り抜けていった。
一気に、体の中を高揚感が突き抜ける。
「え……入った!」
「先生すごい!」
「湊先生、ナイスシュート!」
「凄くない?!初めて決まっ……」
思わず満面の笑みで振り返ってしまい、まだ壁際に座っていた高原千晃としっかり目が合ってしまった。
「あ、」
しまった、思い切り笑いかけてしまった。気まずさで頬が熱くなる。
高原千晃は面食らった様子で俺を見ていたが、不意に、ふ、と口元を緩めた。
「出来るじゃん」
「……っ」
不意打ちの笑顔に狼狽える。
すぐに目を逸らされてしまったから、一瞬の事だったけれど。
出会った時からずっと仏頂面で。
口を開けば、素っ気ない物言いばかりするくせに。
本当は、そんな風に笑うんだ―。
クラブ活動の時間が終わり片付けを手伝っていると、不意に一人の男子生徒が出入り口を指差した。
「千晃兄ちゃん、帰っちゃうよ」
「えっ?」
見ると、外へ出てスニーカーの靴紐を結び直している高原千晃が目に入った。
「あ……俺、お礼言わないと」
「ねえ、湊先生」
「ん?」
「千晃兄ちゃんに、またバスケ一緒にやろって言ってみて」
「え?それは……」
困って頬をかく。さっきのミニゲームに混ざる前、恐る恐る誘って、すっぱり振られたばかりだ。
だけど、そんなに期待を込めた目で見つめられたら嫌とは言えない。
「……うん、分かった。言ってみる」
俺は急いで、高原千晃を追いかけて外へ出た。
歩くスピードが速い華奢な背中を急いで追いかける。
「待って……っ、千晃、くん!」
呼んでみたら、ちゃんと立ち止まってくれた。何、とだるそうに問いかけられる。
「あの、お礼、言えてなかったから。ありがとう」
「いいえ」
「あ、あのさっ」
上がった息を調えながら、勇気を出して誘いかけた。
「今度は一緒に、バスケしようよ」
「やらない」
間髪入れず、さっきと同じ答えが返ってくる。
「でもさ、皆んな千晃……兄ちゃん、と、バスケやりたいって言ってるよ」
「あんたがやってあげれば良いだろ。楽しそうだったじゃん」
「いや、俺下手だし……」
「あのさ」
高原千晃は、自分の右足首辺りを指差した。
「俺、怪我してるから。バスケみたいな激しい運動は出来ないの」
「……そうなの?」
子ども達から聞いてはいたが、どうやら怪我をしてバスケを辞めたというのは本当だったらしい。
「あ、じゃあさ」
ふと思いつき、提案してみる。
「この間みたいに、また教えてくれない?」
「別に、あんたがバスケ上手くなる必要ないだろ」
「あるんだって。実はさ、実習終わる前にレクリエーションでバスケやる事になっててさ。でも俺、クラブの子達に全然ついていけなくて」
「シュート決めてたじゃん」
「だからそれは、千晃くんが教えてくれたからなんだってばっ」
思わず力が入ってしまい、高原千晃が気圧されたように一歩引く。
「あ、ごめん。だからさ、気が向いたらで良いから、また教えてくれないかな……」
「……」
やっぱりだめか、と思いながら返事を待っていると、長いため息が返ってきた。
「……気が向いたらね」
「ほんと?うわ、ありがとう千晃くん。嬉し……」
「あのさ」
嫌そうに眉を顰めるから今度は何かと身構えたら、それ、と指を差された。
「やめてくれない」
「何が?」
「くん付け。千晃で良いから」
「うん、分かった。……あ、千晃!」
さっさと帰ろうとした千晃を再び呼び止める。
うざったそうに振り返った千晃に、思い切り手を振った。
「今日は本当にありがと!またね」
どう反応したら良いか困ったような表情を浮かべた後、千晃は諦めたように、小さく手を振り返してくれた。
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